73話 マウロさんの気になる恋バナ
場所を別部屋に移して、カーミラさん、マウロさんによる魔道具づくりがはじまる。
が、犬猿の仲とも言える二人だ。
そう簡単に仲良く、というわけにはいかない。
「完成図がこれですか。もう少し縮尺等を明白にしてほしいのですが」
「そういうの分からないし。自分でやってくれる? というか、だいたい分かるでしょ。この葉っぱが収まる範囲なんだから」
「そういうアバウトな考えは建築では……」
「これ、建築じゃないけど?」
設計段階から、その雰囲気は張り詰めていた。
机を挟んで、繰り広げられるやり取りは、もうばちばちだ。
今回の魔道具作成に関しては、カーミラさん、マウロさん以外の作業はない。
が、この空気だ。私もリカルドさんも、立ち去るわけにはいかなくなっていた。
とはいえ、ずっとこのままというのも耐え難い。
「とりあえず、まずはカーミラさんの意見から聞きますね!」
私は高く手を挙げて、そう宣言する。
仲裁係として、二人の間を取り持つことにした。
その流れで、マウロさんの意見はリカルドさんが聴取してくれる。
そして、だいぶ案がまとまってきた頃には……
「これ、なにをやってるんだ、僕たちは」
「……あはは」
私がカーミラさんの意見を、リカルドさんがマウロさんの意見を、それぞれまとめて話し合いをするという、摩訶不思議な状況になっていた。
要するに伝書鳩状態だ。
ただ少し違うのは、メッセージを伝える過程においては、マイルドに調整をかけている点だろうか。
たとえば『ありえない』と言われた場合は、『個人的には厳しいと思います』と置き換えた。
たぶんそれは、リカルドさんも同じだろう。
ただ一応、仕様は固まった。
あとは、おのおのの作業の工程に入る。
ここからは、とくにコミュニケーションをはかる必要もないことを考えれば、私たちはそろそろお暇してもいいのかもしれない。
私はフィランさんの進めているはずの庭作業を確認したいし、リカルドさんも引継ぎが残っているはずだ。
私とリカルドさんは頃合いをみて、示し合わせたのちに、部屋をそろりと後にする。
そのまま戻ろうと思ったのだけれど、しかし。
「そろそろ言い合いしてるんじゃ……」
「ありえるね、十分」
どうしても気にかかった。
一度は歩きだした廊下を二人そろりと戻り、少し腰をかがめて、扉に耳を当てて中の声を拾おうとする。
「なんか喋りなさいよ」
するとさっそく、不穏な声が聞えてきた。
私はすぐにでも突入しようとするのだけれど、リカルドさんがそれを止める。
たぶんもう少し様子を見ようということなのだろう。
「とくに話題がないので。効率もさがります」
「……ほんと、つまらないわね、あんた。こんな感じじゃ、逆に効率落ちるし」
「それは困ります」
「困られても困るし」
実際、彼の見立てどおり、ここで一度会話は途切れる。
が、ほっと胸を撫で下ろしたのは束の間のことであった。
「じゃあ、話題あげる。そうね……なにかそうたとえば、恋バナとかないの」
……カ、カーミラさん!?
ちょっとそれは責めすぎというか、ぶっこみすぎじゃなくって?
私は動揺して思わず、声を出してしまいかける。
そこをリカルドさんに手で覆われて、どうにか事なきを得た。
マウロさんは、聞く限り建築一筋で生きてきた感じだ。
貴族である以上、学校に通っていたことはあるのだろうが、想像で言えば彼はひたすら真面目に学業に打ち込むタイプだろう。
恋バナなんて……
「それでは、一つ」
「へぇ、あるんだ、意外。でも、面白そう。聞かせて」
あるの!?
今度も、動揺を隠しきれなかった。
私は扉に頭を打ちつけかけるが、そこもリカルドさんが制してくれて、ぺこぺこと頭を下げる。
少なくとも、もう喧嘩が起きるような空気ではなかった。
本来の目的から言えば、私もリカルドさんもここを離れてもいい。
が、ここまできたら聞かないでは帰れない。
より懸命に耳をそばだてる。
「俺には、年上の幼馴染がいたのです。その人はとにかく美人と話題で、貴族学校でもかなりの人気者でした。一時期は毎日のように告白されていたときもありました。
そこで、彼女が俺にボディーガードを頼んできたのです。きっと、そんなふうに周りから色々と言われるのが嫌だったのでしょう」
「へぇ、それで?」
「そこから俺は毎日のように、彼女と一緒に馬車に乗って学校へ行くようになりました。周りからは、ひがまれたりはやし立てられたり、結構されました。それでも、俺はこれですから。むしろその態度を、幼馴染も買っていたのだと思います」
ついつい前のめりになる。
これが気にならないわけがない、いわゆる馴れ初めとしては完璧な舞台が用意されているのだ。
「それで、それで?」
カーミラさんも、話を催促する。
「……これだけですが」
「は?」
が、その膨らんでいた期待は唐突に穴を開けられた格好で、一気にしぼんでいった。
まさしく、ずっこけであった。
こればっかりはリカルドさんも、思わず崩れこむ。
私はといえば、今度は扉を身体全体で揺らしてしまい、音を立ててしまう。
「なによ、それ。そこからなにも起きなかったの」
「とくには。俺にとっては、姉のようなものです」
「もう、なによ、それ!」
落ち着いて! と言いたいところだけれど、今だけは全面同意だ。
なによ、それ! だ。
私はぶんぶんと首を縦に振る。
そこで思いがけず、扉が開いた。少し屈んだ姿勢、下からカーミラさんを見上げる格好になる。
リカルドさんはいつのまにか立ちあがっていたから私一人だけ、変な姿勢のまま目があった。
「ばればれよ、あなたたち」
……どうやら、さすがに音を立てすぎたようだ。
「あたしとマウロなら、別に心配いらないから。それももう分かったでしょ」
そして意図も見通されている。
たしかに、もうこれ以上聞いている必要はなさそうだ。
マウロさんの話が尻切れになったのは残念だけど、そろそろ仕事に戻ろう。
そう思っていたのだけれど、
「ま、盗み聞きのぶん、あなたたちには馴れ初めをきかせてもらっていい? 二人の。マウロの代わりに」
思わぬ反撃を食らうこととなった。
「え、私たちの……? って、馴れ初めがあるような関係じゃないですからね!?」
私はすぐさま否定するが、カーミラさんは取り合わない。
「はい、はい。そういうの、大丈夫。あるでしょ、本当は。出会ったときの話とかさぁ。どうなの、リカルド様」
「まぁそうだね。あの日のことはよく覚えてるよ」
「ちょ、リカルドさん、その前に馴れ初めってところ否定してくださいってば!」
「そこはたしかに違うけど、会った日のことは本当に印象的だったからね」
そりゃ、私だってそこからの日々は、とってもいい記憶として、甘さとともに残っているけども!
リカルドさんの答えにより、カーミラさんは興が乗ったらしい。
結局そのまま部屋に引きずり込まれた私たちは、根掘り葉掘りと色々聞かれることとなってしまったのであった。