71話 言葉足らずと本音
さて、カーミラさんが作った罠の出来を確認し終えたのち。
私は彼女に部屋の窓を開けてもらい、その窓枠の影にしゃがんで身を隠した。
そして、そこからこそこそと畑のほうを窺う。
カーミラさんはそんな私を怪訝そうに眉間に皺を寄せながら見下ろしていた。
「なにやってるのよ、マーガレット。かくれんぼ?」
「フィランさんの進捗確認ですよ。私が見に行っちゃったら、また頼られっぱなしになっちゃいますから」
彼の知識的にも実力的にも、基礎的な作業ならもう十分、一人でもできるはずだ。
私はキリキリと働くフィランさんを想像しながら、その姿を探す。
すると、畑の端で見つけることはできたのだが、どういうわけかマウロさん、リカルドさんと三人で話し込んでいるようだった。
なんとなく、その雰囲気はぴりぴりしている。
「なにかあったのでしょうか」
「さぁ。またマウロがなにかやったんじゃない? 空気読めないし」
「あはは……、とりあえず様子見に行きます?」
「あたしはパス、任せるわ。やっぱりあいつ、苦手なのよねぇ」
カーミラさんはそう言うと、椅子に座り、再び罠作りへと戻ってしまう。
まぁ無理に連れて行く必要があるわけでもない。私はカーミラさんの部屋を後にして、三人の元へと出て行く。
「なにがあったんです?」
と聞いてみれば、
「あぁ。マウロくんと、ノルドの折り合いがつかなかったみたいでね。ノルドが部屋に引っ込んでしまったんだ」
リカルドさんが苦笑いしつつ答えてくれる。
ノルドさんといえば、マウロさんに引き継ぎを受けていたリカルドさんの部下だ。
カーミラさんの予想は大的中だったらしい。
「俺はただ、ノルド様が身体中に汗をかいていたから、あのまま動き続けるのは無理だと思って言ったのです。
部屋に下がるのは正解でしょう」
マウロさんは淡々とそう説明をする。
しかし、私は彼がとても口下手で、言葉足らずなのをすでに知っている。咄嗟には、うまい言葉が出てこないのだ。
「本人にはどう言ったんです?」
だからこう聞けば、
「「もういいです」と一言だけですが」
返ってきたのは、さすがに言葉足らずすぎる内容であった。
まさに引き継ぎを受けている最中の上司からそんなことを言われたと考えれば、ぞっとする。
これには、リカルドさんは引き攣ったように笑い、フィランさんは自分ごとのように顔を青くしていた。
当のマウロさんは、きょとんと首を捻っていたのだが。
「マウロくん。とりあえず、すぐにでもその本意をノルドに伝えたほうがいい。明らかに誤解されているよ」
「…………そうですか。分かりました」
別に悪意があってそんなことを言ったわけじゃないのだろう。
マウロさんは、リカルドさんのアドバイスを素直に聞き入れて、屋敷の中へと戻っていく。
とはいえ、不安は尽きない。
またボタンの掛け違えが起こらないとも限らない。
「私、ちょっと見てきますね。なんだか新たな火種を生みそうですし」
「……そうだな、僕も行こう。フィラン、君は引き続き仕事をしていてくれ」
戸惑うフィランさんを残して、私とリカルドさんは二人、マウロさんの後をこそこそと尾けていく。
かつかつと足早に歩き、部屋の前まではすぐに辿り着いたのだが、マウロさんはそこで扉を見つめたまま棒立ちになった。
「明らかになにを言おうか考えているね、あの様子は」
「はい、表情は変わりませんけど、逆に分かりやすすぎます」
私たちはそれを陰から見守る。
勝手に緊張感を覚えてごくりと唾を飲んでいたら、数回ノックがなされた。
マウロさんは、その場で頭を下げる。
「ノルド様、先ほどは申し訳ありません。ただ、もう動けないかと思いまして。他意はございませんでした」
うん、固い。それにまだまだ説明不足である。
でも考えたぶん、「もういいです」よりはよっぽどましだった。
口を挟みたい気持ちを抑えて、私たちはあくまでその場の状況を見守る。
ノルドさんの反応を待っていたら、扉がキィと音を立てて開いた。
そこから少しだけ姿を見せたノルドさんは丸く大柄な身体に比して、小さく見える。
「分かってますよ、マウロ様に悪意がないことは。わしだって、もう数ヶ月ここにいるんです。あなたが口下手なことくらい知っていまさぁ」
それは、まさかの告白であった。
私とリカルドさんは壁の陰で目を合わせる。
じゃあどうして……と思っているうちにも、会話は続く。
「……では、なぜ走り去ったのですか」
「本当に、ダメだと思ったからでさぁ。
わしは、昔から汗っかきで、夏はもともと苦手でした。本土でさえ辛かったのに、ここはさらに暑い。
わしじゃ、この季節はなにをしたって汗をかいてバテるばかりだ。……力になれないんだ、もう帰った方がいいのかもしれねぇ」
それは、まさかの事情であった。
だが、たしかに暑がりさんには辛い季節だ。
ただ気温が高いだけならともかく、エスト島は湿度も高い。
しかも、これから夏の盛りに入っていく。
今から汗だくだと、先が思いやられるのも無理はない。
「そう、ですか」
たぶんマウロさんはどう答えていいかわからなくなったのだろう。
そう一言答えたあと、じっとノルドさんを見つめる。
それに耐えかねたのか、ノルドさんは「申し訳ありません」と残して扉を閉めた。
「……ノルドのやつ、そんなことを考えていたとはね。なにか暑さ対策の方法があればいいのだが」
私の隣、リカルドさんが小さく呟く。
「うーん、水を被るとかですかね。私なら最適かもですよ」
「まぁできなくはないが、それだと君がつきっきりになるだろう。それに、常に浴びられるわけじゃない」
「ですよね……」
とすれば、どうすれば暑さを凌げるだろうか。
「帽子を作って被る、とかかな」
「いいですね、お手軽で! でも蒸し暑さは変わらないですよ」
私とリカルドさんは、その場で色々と考えてみる。
だがなかなか決め手になるような案は生まれない。
だんだんと煮詰まり出したところへ、そのひらめきは降ってきた。
いや、というよりは窓から吹き込んできた。
顎に手をやり目を瞑るリカルドさんの前髪を揺らすのは、穏やかな海風である。
「風です! 風ですよ、リカルドさん」
「……風? 吹いていればいいけど、起こせはしないんじゃないか?」
「そこはいい案がありますよ!」