69話 びびりなフィランさんとキラちゃん
翌日、業務の効率化と引継ぎ計画はさっそく開始となった。
まず魔ウサギを捕獲する仕掛けを作るのは、カーミラさんの担当だ。
前に、オムニキジ退治用の音が出る罠を作った経験もあるし、なにより小物づくりを趣味にできるくらい手先が器用だから適任だろう。
「捕獲用仕掛けとか作ったことないんだけど……」
と、はじめこそ不安げにしていたが、すぐに材料集めに動き出していたからきっと心配はいらない。
引継ぎ計画については、それと同時並行だ。
リカルドさんにはヒョースさん、マウロさんにはノルドさん、そして私の元にはフィランさんについてもらって、それぞれの仕事を伝えていく。
さまざまある仕事から私が初めに選んだのは――
「て、てっきり畑仕事かと思ってたんスけど……」
「それも後でお教えしますよ。でも、朝一はやっぱりこれからです」
ミノトーロのお世話だ。
二人、屋敷の脇に積んでいた干し草を抱えて、牛舎へ向かおうとする。
が、フィランさんの足取りは明らかに遅い。
「だ、だ、大丈夫です、すぐに行きますから先に……!」
口ではこう言うが、言葉とは裏腹に身体は目に見えるくらいがたがたと震えている。
かなりミノトーロを恐れているのは明らかだ。
うーん、一度お世話をすれば、怖さも消えるはずなのだけれど。
チルチル草を食べた彼らは、リビングでくつろいでいるのかと思うくらい、まったりと生活をしているし、怖いどころか和むくらいの存在だ。
が、その一回目が難しいらしかった。
「フィランさん。ちょっと待っててください」
こうなったら、秘策だ。
私は一度屋敷の中へと戻り、その要となる子を探し回る。そして最終的に、裏の井戸近くでやっと見つけた。
そこにいたのは、植物魔・ボキランのキラちゃんだ。
彼は井戸の横で、ふわふわと漂っていた。なにをしているのかと思ったら、水桶の上で育てることにしたクルクル草と一緒になって、身体を回転させている。
声をかけると、
『あ、お姉ちゃん! なに、遊びに来てくれたの?』
胸の中に飛び込んでくるからしっかりと抱き止めた。
「ふふ、もう気に入ったの? クルクル草」
『うん。こんな回転する草はじめてみたよ。面白いから、ずっと真似してたんだ』
彼は私の胸から一度飛び出して、回って見せてくれる。
『ほら~!』
うん、可愛い。
その葉っぱでもふもふなフォルムも、つぶらな目も、やっていることも、とにかく可愛い。
見ているだけで、かなりの癒しだ。
これなら、いけるに違いない。
「キラちゃん、少し協力してもらってもいい? ちょっと抱かれてもらうだけの簡単なお仕事だから」
『それだけでいいの? うん、もちろんだよ~』
私は『可愛い』味方を手に入れて、ミノトーロの牛舎前まで戻る。
フィランさんはいよいよしゃがみこんで怯えていたので、キラちゃんにはその腕の中へと飛び込んでもらう。
「ま、マーガレットさん……これって?」
「キラちゃんの可愛さで少しは紛れるかと思いまして! どうでしょう?」
「そ、そんなことで……って、あれたしかになんか怖くなくなってきたような」
うんうん、順調だ。
あとは落ち着いたら連れて行けばいい、そう思っていたら……
『わあっ!!』
キラちゃんの悪戯心がうずいてしまったらしい。
彼はフィランさんの腕から飛び出ると、いきなりオルテンシアへと姿を変える。
「う、うわああああ!!」
そもそも震えるほど怖がっていたところには、最悪の追い打ちだった。
フィランさんはその場で尻もちをつき、キラちゃんから距離をとる。
「こら、キラちゃん! なにやってるの!」
『ご、ごめん、ついついやっちゃった……』
これで、ふりだし、いやもっと状況は悪くなった。
私は頭を抱えそうになるのだけれど、意外やそうでもなかった。
見てみれば、キラちゃんから離れた結果、フィランさんはミノトーロ牛舎の前まで出ている。
見に行けば、そんな彼には目もくれず、ミノトーロ達は団子になって丸まっていた。縛っていなくとも、この和やかさだ。
平和そのものの光景である。
「ね、怖くないでしょう?」
「……たしかに、そうかも」
フィランさんも、少しは考えを改めてくれたらしい。
立ちあがって、よりミノトーロの方へと近づいていく。
こうして結果的には、無事、引継ぎを開始することができたのであった。
「き、キラちゃん怖い……!」
……新たな恐怖症を患ってはいたが。