67話 クルクル草
例の感染症でダウンしておりました。
いろいろと取り戻していきます。
森がぽっかりと開くようにできた野原の周辺を、リカルドさんとともに練り歩く。
ミニちゃんはといえば、休憩中だ。
彼は着いてこようとしていたけれど、ここまでほとんど休むことなく、走ってもらった。
その分の疲れを少しでも癒してもらうため、今は川べりで休憩してもらっている。
それに、彼の肩に乗っていては気づけないものもあった。
「屋敷近くに生えている植物とは、やっぱり結構種類が異なりますね」
下流よりも全体的に湿度が高く、土に水気が多いことが原因だろう。
生えている野草類も種類が異なっていて、かつて屋敷の前で猛威を振るっていたスゲ草も、ここには生えていない。
かといって、雑草がないわけじゃないが。
「なんだ、やけに背の高い植物が生えているな。あれは、どういう植物なんだい?」
「あー、カラシグサですね。少し小高い土地の日陰で、よく育つ雑草です」
「なっ、こんなものも雑草なのか。少したくましすぎやしないかな」
「しかも、成長スピードもかなり速くて、周りの草木を枯らすくらいです。それになにより――」
と、私が続けようとしたまさにその時、前方から風が吹いてきた。
「リカルドさん、後ろを振り向いたほうがいいですよ」
「え」
「とにかくですよ! この花粉、吸いこむと面倒くさいんです」
風だけなら、別になんということはない。
が、その風がカラシグサの花粉を運んでしまうのが問題だ。
本来、見えないくらいの小さな粒のはずが、塊で放出されたせいでその黄色がはっきりと目に見えた。
「こんなに大量に飛ぶんだね。初めて見たよ」
「実家の裏山にもよく生えていたんですけど、花粉症も引き起こして結構厄介なんです」
実家でも、使用人のうち何人かが、くしゃみや目の充血、鼻づまりに苦しんでいたっけ。
まぁこれに関しては、すでに対策がある。
再び前へ歩き出しながら、私がそれを説明しようとしていたら、リカルドさんが引き攣った顔で今度は前を指さした。
「マーガレットくん。あれも花粉……なわけないよね」
そこでは、緑色をした手のひらサイズの浮遊物が数個、腰の高さ付近で回転していた。
こんなものは見たことがない。
私はすぐに【開墾】スキルを使い、判別を行う。
「『クルクル草』ですって。三つの葉で構成されている浮草で、水分に触れると葉が回転して、垂直に浮き上がるみたいです」
「そんな変わった植物もいるのか。妙な光景すぎて理解が追いつかないよ。新しい植物魔かと思った」
「意思はないみたいですね。私もはじめて見ましたし、はじめて知りました……」
たぶん本土にも、こんな植物はいないに違いない。
新種との出会いは、好奇心を大いにくすぐる。
私はすぐに近くまで寄っていき、よりまじまじと観察する。
すると、そこには小さな沢があり、その水面に触れては回転して浮き上がり、また乾いては落ちるのを繰り返しているようだ。
近くまでいけば、ほんのりとではあるが、風も感じられた。
「面白いですね、これ。とりあえずいくつか持って帰りたいです!」
つい思うがままを口にする。
「え」
するとリカルドさんからはまたしても、戸惑いの声が漏れた。
「この珍妙な草をかい? 持って帰ってどうするんだい」
「……眺めるとか? あ、キラちゃんの遊び道具になるかも!」
「はは。明確な目的がないあたりが君らしいな、マーガレット君」
リカルドさんは、地面に対して水平に回転し続けるクルクル草の前、ひとつ息を吐き出す。
「危険性はないんだね?」
「ないみたいですよ。あの葉っぱも、指が切れるほどの硬さはないみたいです。毒性もありません」
「そういうことなら、いいんじゃないかな。用途は思いつかないけど」
「ありがとうございます!」
さっそく二人、採取に取り掛かる。
ここでは、取引で得たばかりのポーション瓶がさっそく活きた。
水を入れて蓋を閉めれば、クルクル草が枯れてしまうことも、浮き上がってもどこかへ行ってしまうこともない。
採取ののちは、再び周辺の調査へと戻る。
他にも気になる野草はいくつかあったが、全てに足を止めていたら日が暮れてしまいかねない。
後ろ髪を引かれる思いはありつつも、リカルドさんに制止されたこともあり、他に危険性がないことだけを確認して、その日は引き返すことにしたのであった。