65話 本土からの手紙
商談が終わったのち、リカルドさんは食事の準備に入った。
その間、私は役人や商人らに敷地内の案内を行うこととなる。
本来は、国からの使者である役人に対してのみ進捗説明をすれば事足りる話だ。
だが、商人らがあまりにも熱望するので断り切れなかった。
そして、そんな彼らの反応はといえば……
「トレントが屋敷の周りを囲っている時点でわけが分からなかったけど……なんだこれ。それだけじゃない」
「あぁ、まったくだ。屋敷内にも変な植物魔が浮いてるし、ミノトーロも飼ってるうえ、魔法壁や排水路まであるなんて……! 本土にある地方の町よりも充実しているんじゃないか」
やはり想像通りだ。
ここまできたらもう驚かれることに、驚かなくなった。
魔法壁や水路の周りに散らばり、盛り上がる彼らの端、私は一人畑に目をやる。
今回手に入れたにんじんや大根のような根菜は、できるだけ深く掘れて、保水性の高い土のほうがよく育つから――なんて苗の配置に考えをめぐらせていたら、役人の一人が隣へとやってきた。
「マーガレット様。この敷地を囲う魔法壁は、もしかしてマウロ様が?」
それは、唐突にも思えるような質問だった。
その意図をはかりかねて、私はぎこちなく首を縦に振る。
「はい、そうですよ。一応私たちも彼に教わりながら手伝いましたけど、それがどうかしました?」
「マウロ様が他人に教える、ですか。……あぁいや、問題がないのなら結構なのですが。噂からすれば、想像しづらかったので。ですが、そうですか」
役人さんの言葉は、どうにも煮え切らない。
私は少し考えて、わざわざ尋ねてきた意図にやっと思い当たる。
「もしかして、マウロさんが馴染めていないんじゃないかって心配してます?」
そもそもマウロさんは本土で周りに誤解され、問題児扱いを受けて、エスト島へとやってきたのだ。そのため、島に馴染むことができているかどうか確認するよう、国から命じられてきたのかもしれない。
だが、それならば無用な心配だ。
「なんの問題もありませんよ。マウロさんはもう私たちの大事な仲間です。とても働き者で助かってるくらいです!」
私はにこりと笑い、はっきりと言い切る。
それに対して役人さんはあっけに取られたように私の顔を数秒見つめたあと、ふっと軽く笑った。
「……ははっ。不思議な人ですね、マーガレット様は」
「へ、なにがです?」
「あれだけ王都で厄介者扱いされていたマウロ様だ。正直、ここでも馴染めていないだろうと決めつけていたんです。
でも、あなたならば、彼もうまくやっていけても不思議はないと。そう思えてしまったんです」
「買い被りすぎですよ。それに私だけじゃありません。リカルドさんとも、一応カーミラさんともうまくやってますから」
まぁカーミラさんとマウロさんの仲がいいとは、お世辞にも言えないけれど。
一応、当初比ではかなりマシになっているし嘘は言っていない。
私が自分を納得させるため何度か頷いていると、「そういえば」と役人さんは切り出す。
「マーガレット様。視察後、お時間をいただいても構いませんか。そのカーミラ・カミッロ様についても、一つお話がありまして……」
今度は、すぐにぴんときた。
本土と関連するカーミラさんの話なんて、あの一件以外ない。
私がヴィオラ王女にしたためた親書の件である。
私は危うく「ベリンダ令嬢」と言いかけて、ぎりぎりのところで口をつぐむ。
役人さんが、わざわざ持って回った言い方をしたのは、商人らに聞かれないようにするために違いない。
私は口元を押さえながら無言で、何度も頷いたのであった。
案内終了後、私は役人さんと屋敷の一室で打ち合わせの席に着く。
そこで飛び出したのは、やはり例の一件についてであった。
「ベリンダ令嬢が島の開拓を邪魔するよう、カーミラ様をけしかけていた件についてですが……ヴィオラ王女の告発によりベリンダ様は、有罪となり、最終的にはステラ公爵家を追放、除名処分となりました」
どうやらヴィオラ王女は、私が考えていたよりずっと、うまくやってくれたらしい。
彼によればステラ公爵が保釈金を支払うことでベリンダ令嬢は釈放こそされたが、その後に家を追い出されたらしい。
たぶんステラ家の威厳を守るために、公爵様はそうしたのであろう。
「たとえ一族である公爵家の人間であっても、間違っている者を断じることができる。素晴らしい方ですね、ヴィオラ王女様は。弟君のドルト様よりも、上に立つ者として、いい資質をもっていらっしゃる」
役人さんがしみじみと言うのに、私の口端は勝手に上向いていく。
勝手ながら親友のようにも思っていた彼女が褒められるのが、嬉しくないわけがない。
「そうですよね、本当に。細かいところまで気配りもできますしね! 気づけてしまう分、頑張りすぎちゃうところは玉に瑕なんですけど」
私が彼女のことを思い返しながらそう同じると、役人さんはくすりと笑いこぼした。
「ここへ来る前、ヴィオラ王女から同じような事を言われましたよ。あなたに『頑張りすぎないように』と伝えてほしい、と」
まさかの一致であった。
相手に対して思うことまで似るなんて、そうあることじゃない。
私がつられて笑っていると、
「こちらはその際にお預かりしたお手紙でございます」
役人さんはこちらへ便箋を差し出す。
正直、今回はないのだろうかと少しやきもきしていたから、かなり嬉しい。
話したいことも、聞きたいこともたくさんあるのだ。
「すぐ返事を書きますね!」
私はそれを受け取るや、自室へと下がり、手紙を開く。
そこには、さまざまなことが記されていた。
特に嬉しかったのは、エスト島産の野菜を気に入ってくれたらしいこと。特にカボチャは、冷製スープにして、毎日のように飲んでくれているとか。
逆に不安だったのは、本土で起きている日照りの話だ。
本土では島とは逆に雨が降らず、それにより一部の薬草が不足して、ポーション生成が間に合っていないらしい。
そこへ咳症状のある流行病が起こったのが、よりまずかった。
数少ないポーションは買い占められたり、基準に達していない違法ポーションが横行したりと、問題が起きた。
そこで、珍しい【ヒール】のスキルを持つヴィオラ王女も各地へと出向き、治療などを行うことが増えたそうだ。
手紙にはあくまで、ネガティブなことは書いていないが、大変な状況であることは間違いない。それこそさっきも言ったように、彼女は頑張りすぎるのだ。
普段の公務に加えて、治療のために各地を赴いているとしたら、ろくに休めていないに違いない。
「……薬草ならエスト島にもあるかも」
咳症状を治める効果のある薬草なら、いくつか思い当たる。
私は手紙を最後まで読むや、すぐに返事をしたためた。
エスト島での薬草探しを行うことも、そこに記しておく。
どうせ、いずれは川に流れる瘴気を調査するために、上流の方に行かねばならないのだ。
ならば、ついでに薬草を探すこともできよう。
私は手紙を書き終え、そこに乾燥させたラベンダーの花びらを入れる。
香りを楽しんでもらうための、ちょっとした工夫だ。
そのうえで大事に封をして、役人さんに手紙を渡しに行った。
「もう書きあがったのですか。お早いですね?」
「お帰りになるまでにと思いまして!」
「はは、今日は食事のあとは泊まることになっているんです。だから明日でもよかったのですよ」
「あ。今日も宿泊されるのですね?」
「いやはや、エスト島へ来て泊まらないのはもったいないですからね」
うん、もう完全にリゾート地だと思われてる……!
まぁ、それだけ島を気に入ってくれているということでもあるから、ありがたい話でもあるのかもしれないけど。