64話 お野菜取引はお金よりも?
川の上流で、瘴気が溢れるようななにかしらの問題が起きている。
本当ならすぐにでも調査に行きたいところだったが、タケノキの採取をした翌日は、本土からの定期船が来る日であった。
「いつもより大型の船が訪れております……!」
お昼時。
こう、リカルドさんの部下の方々に到着を知らされ、私とリカルドさんは二人、港まで出迎えに行く。
すると海へせり出した桟橋を埋めるように、船が停泊していた。
たしかに、いつも来ている船より一回り大きく、人だけを乗せるならかなりの人数が乗れそうだ。
「桟橋の修理をしていてよかったな……嵐で壊れた桟橋じゃ、こんな船に錨をかけられれば重さに耐えきれなかったかもしれない」
その光景に、リカルドさんがこう呟く。
その点は、マウロさんに感謝するほかない。
小さなものでよければ、と3日程度であっさり補強してくれたのだ。
石づくりの基礎に変えてくれたおかげか橋に乗っても、壊れそうな不安感はない。私たちはそれを渡り、船の中へと入る。
役人にどういう事情かと聞けば、
「あぁ、驚かせて申し訳ありません。今回は、商船も連れてきたのです。前に来たときに、エスト島で作った野菜をお譲りいただきましたが、あれが本土で大変好評でして。
どうしても取引をしたいという商人集団が、今回は三つございましたので、勝手ながら連れてまいりました」
とのこと。
私は隣のリカルドさんと、少し微笑みを共有する。
前に定期船が来た際に立てた、エスト島産のお野菜広告作戦は大成功だったらしい。
「リカルド侯爵。その、まずかったでしょうか……」
「いいえ、むしろ大歓迎ですよ。ぜひ話をさせてほしい」
こうして商談の実施が決まる。
支給品である食品や日用品を積み下ろしたのち、私とリカルドさんは、船に乗っていた商人らと屋敷内の一室で交渉に入った。
一団体ごとに、その代表者と話をしていく。
しかし、すぐにでも取引をしたくなるような魅力的な話は多くない。
というより、ここでの生活に慣れたことにより価値観が変わってしまったらしい。
商談の合間、リカルドさんと二人になったところで本音がもれる。
「かぼちゃ一つ、エンドウ一かごが大体1000ベルク。かぼちゃやエンドウは本土でもとれますけど、だいだい300ベルクくらいと考えたら、かなりの破格ですけど……正直、お金はこの島じゃあっても仕方ないですからね」
「そうだね。今後、本土に戻る機会があったとしても、それくらいのお金ならばもう持っている。それよりも、開拓に有益なものがあるといいんだけど」
金銭面で提案をされても、正直魅力には欠ける。
中には「食料と引き換えに」という商人もいたが、それだって大きく困っているわけでもない。
現状なにが欲しいかといえば……
「とにかく生活がより便利になったり、開拓につかえるようなもの、とか?」
私はとくな考えもなく、漠然とした希望をそのまま呟く。
「それならありますよ、お二方♪」
どうやらそれを聞かれていたらしい。
少し高め、歌うような声が扉を挟んで反対側から聞こえた。
私は驚きから思わずリカルドさんの方を振り見る。
彼は苦笑いを浮かべてから、
「聞き耳を立てるのは感心しませんが、どうぞお入りください」
あくまでいつもの柔らかい声でこう促した。
「ふふ。いやぁ、失礼しました。聞き耳を立てたつもりもなかったんですが、つい反応してしまって。はじめまして、わたくし『ヴィレット商会』のトロバ・トーレと申します」
すると、カールのかかったぼさぼさ頭をかきながら、その男は部屋の中へと入ってくる。
眼鏡をかけた彼の姿は、他の商人に比べて少しみすぼらしい。服の大きさがあっていないのか、羽織もだぼだぼに映るし、かけている鞄も使い込まれている。
正直、まともな格好とは言えないうえ、『ヴィレット商会』というのも知らない。
「ああ、わたしらのことはご存じないですよね。それは無理もありません。王都には最近進出したばかりで、今は取引量を拡大している段階なんです。
まぁ安心してください。役人に許可をもらえるくらいの信用度はあるので♪」
そう説明されても、怪しさはぬぐい切れなかったけれど、彼の提案は他の商会とは一味違った。
「まぁ正直、取引の条件だけじゃ他の商会にかなわないことは分かっております。だから今回、うちはエスト島での生活で生かせそうなものを優先的に、取引アイテムとして持ってきました。お金のやり取りは、この島じゃありませんでしょ?」
そう言って、彼がかばんの中から取り出したのは、まず空のガラス瓶だ。
「これは本来、ポーションを入れておく瓶です~。でも、なにか液体を保存するには抜群に使い勝手がいい。島での生活に、保存容器は大事じゃないです?」
その説明も、納得がいく。
たしかにガラス瓶があれば、ミノトーロの牛乳ももう少し日持ちするだろうし、色々と液体の採取なんかにも便利だ。
「たしかに、使い勝手はよさそうだね」
と、リカルドさんも言う。
それで調子づいたのか、水を得た魚のように、トロバと名乗るその商人は薄い笑顔を浮かべたまま、次のアイテムを取り出していった。
「ふふ。そうでしょう、そうでしょう。それから、こちらの魔石などもよろしいのではないでしょうか。魔力を込めておけば、水を一定時間に渡って供給し続ける魔石・ラクア清水石。
池などに設置されていることが多いですが、手を使わず植物に水を供給することもできますよ」
他にも、砕けば土壌改善に役立つ黒石など、彼は脈々と取引アイテムについて説明を行う。
それが終わる頃にはかなり、取引に前向きにさせられていた。
リカルドさんも唸りをあげて、これなら、と頷きかける。
「聞いた話によれば、石鹸もかなりいいらしいですね? それも、いただけません? そうしたら、大根やニンジンの種、それからトマトの苗もお譲りいたしますよ。
どうやらここの野菜は、かなり早どれらしいですから。まだ夏野菜が育ちますでしょう?」
が、そこへ笑顔で追加の取引を持ちかけてくるあたりが、このトロバという商人だ。
したたかというべきか、ずる賢いというべきか。
まだ夏野菜が植えられるだろうことを見抜いた上での提案はかなり魅力的だ。
「欲しいです、それ。ちょうど畑も空きがありますし」
「それはおあつらえむきですね、はは。もちろん、持ってきた苗や種が育ったら、また買い取らせていただきますよ♪」
山に自生している野菜というのは、限られている。
畑に向く野菜の苗は今一番欲しかったものかもしれない。
私一人なら間違いなく、そのまま丸めこまれていた。
だが、そこはさすがリカルドさんだ。
「そういうことなら、この石鹸は少し高い値段設定にしてもらえるかな? エスト島産であることで、価値に箔をつけたいんだ」
ただ頷くだけではなく、こちらも条件を出す。
そこからもしばらく細かい話し合いがあったが、
「はは、やっぱただでは食えませんな、侯爵様は。でも、そのやり方には私も賛成です。取引成立ですね」
話し合いの末、取引は無事に成立する。
他の商人と取引をしなかったわけじゃない。
が、ほかの商会に比べて知名度のない『ヴィレット商会』との取引量が結果的にもっとも多くなったことには、商人らも驚いていたようだ。
プロットの整理をしておりました。
定期的な投稿は続けていく予定なので、引き続きよろしくお願いします。
(前話 瘴気の説明が抜けておりました。現在は修正しております。ご指摘いただいた方、ありがとうございました!)
たかた