63話 川辺の変化?
そうして辿り着いた川辺。
前にスファレ輝石を採取した際と同じ場所であることは、近くにマウロさんの落ちた滝があったから間違いない。
しかしそれ以外は、あまりに変わり果てている。
「こんな色じゃなかったはずなんだが」
と、リカルドさんが困惑の表情で触れるのはタケノキだ。
前は青々と茂り、どこまでも高く伸びて、周りの植物たちを寄せ付けないほどの勢いがあった。
それが今は一つ残らず、薄茶色の姿に成り果てている。
念のため、【開墾】スキルの一つの力である状態確認を行うと、やはりすべて枯れていた。
若木も、老木も関係なく、すべてだ。
そういえば、特徴説明にも書かれていたっけ。
「タケノキは花を一斉に咲かせて一斉に枯れるんです、たしか。そしてその時には、不吉なことが起こる……」
「この間の嵐がそれなら、辻褄は合うね。どうやら見た目だけじゃなく奇妙な生態をしているようだね」
説明文を読み、頭で理解はしていたつもりだった。
が、実際に目の当たりにするとその不思議な生態には圧倒される。
リカルドさんともども、枯れたタケノキの並ぶ崖をしばらく見上げて少し、私は次に川へと目をやった。
「川の色も少し濁っていますね。前はそのまま飲んでも問題ないくらい綺麗でしたけど……。もしかして嵐の影響が残っているんでしょうか」
「うーん。もう一月は経っているから、別の原因かもしれないよ」
リカルドさんは川べりまで寄っていくと、そこでしゃがみ、手のひらに水を掬う。
私も腰を落として、その手元をのぞきこんでみた。
そうして近くで観察してみると、砂利や泥の類ではないことは一目でわかる。
黒いモヤのようなものが水の内側には、うっすらと漂っていた。
「これは『腐敗』の魔素、つまりは瘴気かもしれないね。魔素の一種で、一部の魔物だけが発する毒素のようなもの。ものを腐らせたり、あまり多い量を浴びると、心が不安定になることもあるらしい……」
魔素はその特徴でいくつかの種類に分かれる。
たとえばミノトーロのフンから作った肥料に含まれるのは、『活性』の魔素。
その魔素は、摂取したものにエネルギーを与える。取りすぎなければ、副作用もない優秀なものだ。
他には、『沈静』の魔素なども有用性があるとされている。
が、『腐敗』の魔素は瘴気とも呼ばれ、それが充満してしまうと、あらゆる生き物に悪影響を及ぼす。
「この森の中にも結構充満しているけど、川が全体的に茶色っぽくなるほどだから、かなり濃いなにかがあるのかもしれないね」
「上流でなにかあったのでしょうか。瘴気を発する魔物が大量発生……とか?」
「そういう予想は立つけど、細かいことは分からないな」
気にはなれど、今すぐ確かめに行けるわけではない。
ここへたどり着くまでに要した時間は体感だが、約二刻ほど。
どこまで行けばいいのかも分からぬ手探り状態でこれ以上先に行くことは、帰り道を考えれば厳しい。
いくら季節が進み日が伸びたとはいえ、七の刻には暗くなる。それまでには屋敷に戻らねばならない。
「まぁとりあえず今日は考えないでおこうか。タケノキの伐採に専念しよう」
「ですね。そのためにわざわざ、のこを持ってきたわけですし」
この場で考えても仕方ない。
そうすっぱり割り切って、私たちはさっそく伐採作業に取り掛かる。
これが今日ここへ来た目的だ。
タケノキは、耐久性、耐火性、耐水性、どれを取っても優れている。
そこで、マウロさんと相談したうえで、排水路の補強素材としてタケノキを利用することとしたのだ。
とはいえ、枯れ木である。
脆くなっていないかと心配したのだが……
「のこの刃が入らないな。全然動かない」
「あはは……。枯れてても関係ないなんて、すごい耐久性ですね」
「まったくだよ。こっちの心が先に折れそうだ」
むしろ固くなっていた、驚くくらいに。
どうやら水分が抜けたことで、より硬さが増しているらしい。
試しに剣を入れようとして見ても、こちらもだめ。
やはり建材に使うには最適の固さだ。
リカルドさんは一度のこをタケノキから抜き、ふぅと空を仰ぐ。
前にリカルドさんが斬ったのは、若木で比較的細い幹をしたものだった。
が、今回切ろうとしていたのは、とくに幹が太く、成人男性の胴くらいはある。
高さに至っては、私の身長の7倍くらいはあるだろうか。
懸命に刃を動かしているが、なかなか切れ込みは入っていかなかない。
それでも私たちは根気よく切り込みを入れていく。
そうしてだいたい7割切れたところで、
『あとは、おれがやろうか?』
それまではタケノキの高い部分を支えるなど、サポートしてくれていたミニちゃんが名乗りをあげた。
どうやって、やるのだろう。
疑問に思えど、私もリカルドさんも結構に疲れ切っていた。言葉にせずとも、顔を見合わせただ単に頷きあう。
すると、彼は川べりからタケノキの目の前まで根を動かして登ってきた。
そうして、長い枝や葉を自在に操り、タケノキの上部に巻き付ける。
そして、彼は一気に川べりの方へと走り出した。
すると、めきめきと破壊音がして、タケノキが大きく曲がる。
てこの原理が働いた事もあり、あれだけ苦しんでいたものが、あっさりと折れた。
ミニちゃんは倒れたそれを受け止めると、大口を開けて歯を剥き笑う。
何も知らない人が見たら夢に見るような怖い顔かもしれないが、仲間なので可愛くすら見える。
『これなら、簡単に倒せるね』
「すごい、すごいよ、ミニちゃん!」
『やめてよ、マーガレットさん。おれはただ最後の一押しをしただけさ。もっと、やりたいなぁ』
頼もしい限りだ。
そんなミニちゃんの力も借りつつ、私たちは合計で3本のタケノキを伐採する。
細かく切るのにかなり苦戦して想定より少ない数に終わったが、籠に入れてみれば、その量は十分だ。
1本が大きすぎたのである。
「明日は全身筋肉痛かもしれないな……」
「そんな予感がします、私も。とくに、モモとか」
「僕は腕だな。普段使わない場所まで使ったから結構きてるね」
帰路につきながら、私とリカルドさんはなかば魂抜けかけ状態。
まるで老人みたく、どこが痛いとかそんな会話を交わす。
そしてそんなうちに、いつのまにか寝ていたらしい。
はっと気づいたときには屋敷前にいて、ミニちゃんに起こされ、やっと目が覚める。
「ここまで大丈夫だったの!?」
と慌てて問えば、彼は誇らしげに途中で出会った魔物を蹴散らした話をしてくれる。
『まだもう少し走れそうな気がしてるよ、おれ』
その日は最後まで、元気はつらつな彼であった。