62話 再び川へ!
新章はじめていきます〜!
エスト島を襲った嵐の日から、約ひと月。
七の月を迎え、暑さが盛りになる頃だ。
私たちはさんさんと降る日光を浴びながら、畑の整備に精を出していた。
昼前、枝葉のカットなどひととおりの手入れを終えたところで、額の汗を拭うついでに私は畑を見渡す。
「やっと元通りって感じですね、カーミラさん」
「それ以上でしょ、これ。実際それくらい頑張ったし」
たしかに、彼女の言う通り元通り以上だ。
マウロさんを中心に作っていた魔法土壁はほぼほぼ完成をみており、排水用の水路も畑の脇でしっかりと役目を果たしている。
水浸しになり、ぐちゃぐちゃになった畑だって、復旧していた。
野菜類はちょうど収穫を終えて、作物の入れ替えを考えていた時期だったから、植え付けていた作物は少なく被害は抑えられていたが……土が水につかってしまったのがまずかった。
一度水につかってしまった土は、乾いても空気を含みにくくなり、作物に向かないのだ。
そこで、せっせと土の入れ替え作業を行いきゅうりなどの夏野菜をいくつかを植えなおしていた。
ちなみに、かぼちゃ、エンドウ豆は再び植えつけている。
本来なら、それらの植物は一年に一度しか実をつけない。
が、ミノトーロのフンを混ぜたたい肥のおかげか、ひと月のうちにあっという間に収穫できたので、まだ植え付けに適した時期だったのだ。
そのため新たな顔として畑に迎えたのは、一種のみである。
私とカーミラさんはちょうど、その苗の前まで行く。
一週間前、森からいただいてきたときは小さかったその株は、みるみるうちにその葉の数を増やし、背丈も大きくなっている。
成長ぶりが恐ろしいくらいだ。
「で、この葉っぱはちゃんと食べられるんでしょうね? なんか、この森ならその辺に生えてそうだけど」
「私もよく知りませんでしたけど、シソって言うんですって。実際、その辺に生えてましたよ。さっぱりした風味が楽しめるそうです。少しずつ収穫してもいいみたいですから、食べてみます?」
と、私は一枚の葉を剪定はさみで切って差し出してみるが、彼女は眉をひそめて難色を示す。
「遠慮しておく、よく分からないし。それにしても、こんな知られてない草の名前まで分かるんなんて。マーガレットのスキルがくれる知識ってどこからきてるの」
「さぁ……?」
私は、もさもさとシソをはみながら、首を横にひねる。
それについてはスキルが【開墾】に進化し、情報が見えるようになってから何度か考えたことだ。
だが、考えたって分かるものでもないので、とりあえずは神様的な存在が教えてくれているのだと思うことにしていた。
それにしても、このシソ。意外といける。
この鼻に抜けていくような爽やかな香りと、舌に残るさっぱりしたミントのような感覚は癖になる。
調理するとなると、どうすればいいか分からないが、そこはリカルドさんに任せれば、なんとかしてくれるだろう、きっと。
私はさっそく10枚ほどをはさみで落として採取し、リカルドさんのもとへと持っていくことにした。
――そしてやっぱり、リカルドさんは期待に応えてくれた。
というか、それ以上だ。
「本当に美味しかったです、シソとあさりのパスタ! 優しい味で、するする食べちゃいました。それに、チーズフライも最高でした……! シソが入るだけであっさりして、何個でも食べられちゃいそうでしたもん」
「はは、気に入ってもらえてよかったよ。はじめて扱う食材だったから不安だったんだけどね」
「え、てっきり知ってる食材なのかと思いました。あまりにも完璧な出来でしたから」
思い出すだけで、ほっぺが落ちそうになるランチメニューであった。
食べる前までは、シソが食料になることにさえ懐疑的だったカーミラさんも、おかわりをしていたくらいだから、分かりやすい。
メインになるのは難しいかもしれないが、かわりに副菜としてはかなり強い。どんなものの横に添えられていても、仕事を果たしてくれそうなポテンシャルを感じた。
そんなシソのランチをたっぷり食べて、私はしっかりと力を蓄えていた。
これなら、待ち受ける重労働にも耐えられそうだ。
昼食後、私とリカルドさんはトレントのミニちゃんに乗せてもらい、森へと繰り出す。
目的地は、マウロさんを捜索する際に見つけた川べりだ。
と言っても、その行き方は微妙に分からない。
前は途中でボキランたちに惑わされたため、そこで方向感覚が狂ってしまったのだ。
だから今日は、仲間になったボキランのキラちゃんを連れていき、案内してもらう予定だった。
しかし、彼は屋敷内での安定した生活に慣れてしまったのか昼寝の真っ最中であり、起こすのも忍びなかったので、結局は連れてこなかった。
「……本当にたどり着けるのか……?」
リカルドさんは不安そうにあたりを見渡しつつ、渋い顔をする。
そんな彼の隣、一方の私はといえば余裕があった。
リカルドさんの美しすぎる横顔を見て、一人ほくほくとする。
やっぱり見ているだけで、目の保養になる美貌だ。
難しい顔をしていても、それらは崩れない。
危ないくらいの白さを誇る肌、長く綺麗なまつ毛、その下で煌めく美しく透けるエメラルドの瞳――
と、まじまじ観察していたところで、その輝きが不意にこちらを向く。
「マーガレット君は不安じゃないのかい?」
「えっと、はい。川がある方向なら分かってますよ」
「それは驚いたな。もしかして、またスキルかい?」
「はい、そうです。なぜかは分かりませんけど、ちょっと前から水のある場所を感知できるようになったんです」
「また、進化をしたわけだね。まったく、どうなっているんだ、君のスキルは」
今日だけで二度も、スキルの不可思議さに首を傾げられてしまった。
が、私にもその機序は分からない。
「タイミングとしては、嵐の日のあとくらいでしょうか。スキルを使ったら、湧水の場所とかが、感覚的に分かるようになったんです。今も川までの距離がだいたい掴めています。あと半刻くらいでつきますよ」
「あの日のあとから…………」
リカルドさんはふと考え込むように、口元へ手を当てる。
しかし、「どうしたんですか」と尋ねれば、「なにもないよ。ただ、最近の話だねと思っただけさ」とあっさりとした返事があった。
気にかからないでもなかったが、ほんの少しの違和感に過ぎない。
そのうちにリカルドさんが別の話題を振ってくれたので、それに乗っていたら、だんだんと川が近づいてくる感覚がある。
「あ、ミニちゃん。このあたりで少し左に行こっか」
『任せてよ、マーガレットさん! このままスピードを落とさずに曲がるね』
「ちょっとミニちゃんってば、元気いっぱい過ぎない?」
『久しぶりに森まで来られたからね。思う存分走れるって気持ちいいんだ』
少し暴走気味のミニちゃんをなだめつつも私たちは進み、無事に川辺へとたどり着いたのであった。