61話 【番外編】トレちゃんと鳥の巣
それはある日、トレントの長である通称・トレちゃんに起きた、ひょんな出来事だった。
『なんだ、うるさいと思ったら巣を作られたのか』
とは、仲間のトレントの一匹の言葉。
そう、尾が長く色白の小ぶりな身体をした野鳥がトレちゃんの枝葉の一部に、巣を作ってしまったのだ。
『……最近、この場から動いてなかったからかもしれないな』
野生だった頃は、養分を吸収するため、定期的に場所を移動したりしていた。
が、今はマーガレットの世話もあって、安定的に栄養も得られているし、屋敷を守る努めもあるから動くこともない。
もしかしたら、普通の木だと勘違いされたのかもしれなかった。
『長よ。どうするんだ、それ』
『うむ、どうしたものか…………』
これまでにない経験だ。
正直こそばゆかったりもするので、払い除けたい気持ちはある。
『まぁ少し様子を見ていよう。すぐに巣立ちをするかもしれない』
が、こんな結論に至ったのはマーガレットたちとの日々を経験したがゆえだ。
自分達も、窮地であったところを受け入れてもらった身である。
ちょうど嵐が起きて数日後のことだったから、鳥たちにとっても、やっとの思いで見つけた場所なのかもしれない。
幸い虫類を食べるようだから、痒い以外の害はない。
ならば、その安寧の地になってやろう、とトレちゃんは意思を固める。
そうしてその日からしばらく、トレちゃんはその鳥を住まわせることになった。
それからの日々は、基本的に平和なものだった。毎朝の鳴き声で起きるのが少し早くなったくらいで、大きな変化はない。
「トレちゃん、それ痒くないの?」
『……? なんのことを言っているんだ?』
「その鳥の巣以外ないでしょ」
マーガレットに言われてやっと思い出す。
それくらい、巣のある状態が馴染んでいた。
事故が起きたのは、そんなある日のこと。
突然に親鳥が帰ってこなくなってしまったのだ。
『おかしい、いつもなら夕暮れごろには帰ってるはずだ』
と、トレちゃんはひとり唸る。
自らの目で直接巣を見ることはできない。だが、鳴き声が雛たちの高いものしか聞こえないのだから間違いない。
雛たちは、いつもより甲高い声で鳴いていた。
が、その声はだんだんと小さくなる。
このままではまずいかもしれない。
そう考えたトレちゃんは、会議を開くこととした。
『みなのもの、どうすればこれは収まると思う』
トレント会議である。
もうマーガレットたちは屋敷に引っ込んでいる時間だから、自分達だけで解決せねばならない。
『放っておけば収まるだろう』
『巣を揺らしてみるというのはどうだろう』
『いや、むしろ微動だにしないほうがいい』
『風はどうするの、その場合』
『トレント体操もできないじゃん』
なんて、議論は紛糾する。
が、最終的に『餌だろう、普通に』の一言で決着をみた。
実際、捕まえた虫をやると、雛たちは満足そうにがつがつとを食べる。
そうして窮地を逃れることに成功したのだった。
しかし問題だったのは、三日後の晩になっても、親鳥が帰ってこなかったことだ。
一応、雛鳥たちは餌を与えているから元気にしている。
しかし、このまま親がいない生活というのもいかがなものか。
一匹で思い詰めたトレちゃんは、夜にのそのそ動き出す。
『どこへ行くんだ?』
仲間に尋ねられるのに、
『親探しだ。ずっと子守りをしているわけにもいかない』
こう答えて、森へと繰り出した。
単独で動くのは久しぶりだ。
魔物たちに遭遇しないよう、特に魔ネズミを警戒しつつ、先へと進む。
途中餌やりなんかをしながら親鳥を探すのだけれど、広大な森ではその鳥は小さすぎて全然見つからない。
『……何者かに捕食されているかもしれぬな』
手がかりもなく、最悪なパターンがよぎる。
が、ここで諦めぬ姿もマーガレットから学んでいた。
もうこの雛鳥たちは、自分にとっても大切な存在の一つになっている。ならば可能性が低くとも、希望を捨ててはいけない。
同じ種類の鳥さえ見つけられなかったが、トレちゃんはさらに森をうろうろとする。
そのときのことだった。
光景に変化はなかったのだが、雛たちの鳴き声が変わったのに気づいた。
キャウ、とさらに鳴くからあたりを見回せば、その鳥はいた。
どうやら新しい巣を構えていたらしい。親鳥二匹がそこには収まっていた。
彼らはすぐに雛たちの元へと飛んでくる。
が、様子がおかしい。
彼らは雛たちを咥えては、巣から連れ出すを高速で繰り返し、威嚇するようにがなり立てる。
(……どうやら自分の子を取られたとでも思っているらしいな)
鳥は物事を忘れやすいと聞く。
もしかしたら、トレントに巣を作ったことを忘れていたのかもしれない。
寂しい気持ちが込み上げる。
頭によぎるは、数日間とはいえ、雛たちを世話してきた時間だ。子どもを世話する気分で、そわそわとしつつも、充実していた。
しかし、それは勝手な思いでしかない。
雛にしてみれば、餌を与えてくれていただけの存在だったのだ。
そんなふうに考えているうちに、雛たち全匹が巣から引き上げられる。
これでお別れだ。味気ないけれど、仕方がない。
トレちゃんはその場を去ろうとするのだけれどーー
そのとき、雛たちがキャウ、キャウ、と高く大きな声で鳴き出した。
その様子に、親鳥たちもかなり焦っている。
こんな時間に大声で鳴いたら、天敵たちに自分の場所を教えるようなものだ。
しかし、雛たちは鳴き止まない。
『わたしのところへ来い!』
こうなったら、無理矢理にでもどこかへ移動するほかない。
トレちゃんはその鳥たちを新しい巣ごと枝と葉を駆使して掴み、自分の枝に引っ掛ける。
するとどうだ、雛たちは簡単に鳴きやんだではないか。
『……どういうことだ』
不思議に思いつつ、試しに再び巣を元の場所へ置こうとする。
けれど、そうすれば雛たちはまたうるさく喚く。
どうやら、思っている以上に気に入られていたらしかった。
自分だけが勝手に愛着を覚えていたわけではなかったようだ。
それに気づいたのか、親鳥たちも警戒の声を上げることがなくなっている。巣に収まり、静かになっていた。
こうなったらもう、連れて帰るほかなさそうであった。
ここに置いていけば、みな食われてしまいかねない。
嬉しいような、若干煩わしいような、妙な気分だった。
トレちゃんは全匹を連れて、屋敷の前、定位置まで引き返す。
以来、トレちゃんはその鳥の巣を大事に守り続けている。
『雛たちが巣立つまではよいか』
なんて、言い訳めいたことを口にしながら。
次は本編に戻ります〜!!
たまにはこんな回もあり?