59話 トレントの怪我治療
トレちゃん達の手当を行うため。
私がまず用意したのは、石鹸生成の際に使ったオイリオ花の油と、チルチル草やどくだみなど、いくつかの乾燥ハーブであった。
調理具である鍋と木べらも用意して、私はふぅっと一つ息をつく。
「なんかもう一仕事したって感じ……」
ここはもっぱら、リカルドさんの戦場である。
勝手が分からず、必要なものを揃えるだけのことに、結構な時間を要したのだ。
もう汗ばむ季節である。それに、炉に灯った火のせいもあり、結構な暑さだ。
額の汗を一つぬぐってから、私は作業を再開する。
工程は簡単だった。
オイリオ花の油にハーブをよく浸して、それを湯せんにかけて見守ってあげればいい。
と口で言うのは簡単だが、普段火まわりを一人で担当しているのも、リカルドさんだ。
私は着火用の魔石なんかも使いつつ、炉の火をどうにか強めて湯を沸かす。
暑さも湿気もなかなかのものだったがめげずにかき混ぜ続けたら、完成だ。
「うん、香りが移ってるから問題なし!」
香ばしい匂いが漂う一品だ。
食用にも使えるが、今回はそのために作ったわけじゃない。
今度は水で冷やして、ある程度固まり始めたところで瓶へと詰める。
他にいくつかのアイテムを持って、再び外へと出た。
簡易水路の作成作業にいそしむカーミラさんたちを横目にしつつ、トレちゃんの元まで歩いていく。
「トレちゃん、怪我したところ見せてもらえる?」
『大したものではない、と先に言っただろう。これくらいの怪我、なん百年も生きていたら、過去に負ったこともある。昨日ほど過酷な雨にあったのは、はじめてのことだったが』
「じゃあ、大したことないかどうかも分からないじゃない」
『…………とにかく心配は無用だ』
うーん、妙なところで意地になってしまっているみたいだ。
はじめて出会ったとき、魔ネズミにかじられていたときは、素直に頼ってくれた。
それを思えば仲間になったことで、弱いところを見せまいとしているのかもしれない。
こうなったら、一計を打つしかない。
「じゃあトレちゃん、大丈夫なんだね」
『うむ、まったく問題はない』
「なら私を持ち上げてもらえる? 高いところから屋敷をみたいの」
『任せておくといい』
トレちゃんが、枝の何本かを私の腰に巻き付けて、私を持ち上げる。
『ほら、見たであろう。マーガレット嬢、一人くらい軽いものよ。嵐一つに負けていては、数百年は生きられぬ』
得意そうに葉をざわざわ揺らす彼を横に置いて、私は彼の身体をじろじろと観察する。
どうやら、怪我をしているのは反対の肩口から伸びた枝らしい。
見るのも痛々しいくらい、完全に太い枝の一つが千切れてしまっていた。繊維がむき出しになっている。
「ごめん、やっぱり左肩がいいなぁ」
『すぐに移動させてやろう』
私の意図も知らず調子づいた彼は、私をすぐに反対の肩へと移動させる。
またしても満足げなトレちゃんをよそに、私は座ったまま手で横移動して、傷口へと近づいた。
『……って、マーガレット嬢なにをしている?』
トレちゃんが気づいた頃にはもう遅い。
刷毛を使って、作ってきたハーブオイルを傷口に塗りこんでいく。
「やっぱり大けがじゃない。こんなにはっきりと折れたときは、ちゃんと折れたところの処理をしないといけないの。傷口に油を塗って置けば、菌が入らなくなる。それに、殺菌効果のあるドクダミも混ぜてあるから安心よ」
『……それが狙いだったのか』
「ふふ、まぁね。こういうのは、すぐの処置が大切だから。あんまり動かさないでよ、落ちちゃうから」
渋々だが、トレちゃんは私の処置を受け入れてくれる。
最後に布を巻き付けて保護したら、処置完了だ。
「次からは隠さずにちゃんと言う事。いい?」
『……分かった。善処しよう』
「それ、やらない時の言葉じゃん!」
和やかな(?)やり取りを交わしつつ、私はトレちゃんの肩から畑と屋敷を見下ろす。
風も吹いていて、木陰でもあり、気持ちがいい。
本当に暑い時期は、こうやってトレちゃんで涼を取るのもいいかも? なんて思っていて、はっとする。
いつのまにか太陽が頂点に近い位置にいる。
もう昼ご飯の時間だ。