53話 新しい仲間!
そうして、スファレ輝石の採取を終えたのち、私たちはすぐに屋敷へと引き返した。
がしかし、帰ってこられたのは夕方ごろ。
なぜなら再び、ボキランたちに捕まってしまったためだ。
遊んでほしくて、ついやってしまったとのことらしい。
「遅い。そろそろ探しに行こうとしていたところよ」
と、出迎えてくれたカーミラさんが口を尖らせる。
怒り気味だが要するに、彼女なりに心配してくれていたらしい。
私が理由を説明しようとしたら、
「申し訳ありません」
先を越された。
意外なことに、マウロさんに。
その謝罪には、カーミラさんも面食らったらしい。無言で、目を何度か瞬く。
「すべては俺のせいでございます。俺が勝手な判断で屋敷を抜け出して、輝石を取りに出かけたのが誤りでした」
マウロさんは、一歩前へ出ると、これまで言葉足らずで生み出されてきた誤解をとくためか、くどいくらいに細かく事情説明を行う。
その流れで、カーミラさんが蛇に襲われていた時の件まで、改めて謝罪した。
「……なにこれ、人でも変えたの? 湖に落としたら、綺麗な人格になったとかそういう童話?」
カーミラさんはきょとんとして私にこう聞いてくるが、当然違うので首を横に振る。
まぁ滝つぼに落ちていたのはたしかだけどね。
「カーミラ様、大変申し訳ありませんでした。そして、俺のような者を気にかけていただき、ありがとうございました」
「……たまたまよ。偶然ふと見たら、あなたがいなかっただけでしかない」
「しかし――」
「いいから。感謝も謝罪も、するならマーガレットとリカルド様になさい」
カーミラさんはそう言って、マウロさんから視線を切る。
腕組みをしたままでいるなど、態度は厳しくも見えるが、彼女なりに理解し、そして許してくれた。
私はそう安堵したのだけれど、
「分かりました。では、カーミラ様への謝罪並びに感謝の言葉は撤回させていただきます」
次の瞬間に飛び出たのがこの一言だ。
せっかく収まりかけていた火種に、油を注ぐみたいな、最悪の一言。
「…………は?」
「はい? なにか間違えておりますでしょうか」
「大間違いでしょ、どう考えても! 私はあなたが謝るから許してもいいかって思ってたけど、撤回するのは違うでしょ!」
「しかし、感謝も謝罪も自分ではなくお二人にとおっしゃられたので……」
まぁたしかに言葉通りに取れば、そうとも捉えられるけれども。
普通は、「じゃあ撤回しよう」という思考回路にはならない。
このままではまた、争いが勃発しそうであった。
が、そこでリカルドさんがひとつ咳払いをする。
「まぁまぁ。ここは一つ、今度こそカフェの時間にでもしないかい? 今日はもう疲れただろう? 夕食前だから、軽めに用意するよ」
にこにこと、花びらを振りまくみたいな笑みであった。
目を細めて、形のいい唇をほんのり上向け、穏やかな声で彼は提案する。
さすがはリカルドさんだ。
それだけで、ぎすぎすとした雰囲気が一掃されて空気が途端に和やかになる。
「どうかな?」
普通なら、まず断れない状況だ。
ただ前回はこんな仲裁さえ無視して仕事に戻っていったのが、他ならぬマウロさんである。
それに、スファレ輝石を手に入れたばかりということもあるから、彼なら仕事を優先しかねない。
私はそう不安にもなったのだが、マウロさんはややあってから首を縦に振った。
やっぱり今日の一件で、少しは変わり始めているのは確かなようだ。
「カーミラくんは?」
「まぁそうですね。畑仕事もひと段落ついていますし……たしかに、もう疲れました」
毒気を抜かれたのかカーミラさんもその提案に乗って、矛を収めてくれる。
「じゃあ、早くお屋敷に戻りましょう!」
こうなったら、気が変わらないうちに行動に移してしまう方がいい。
私はマウロさん、カーミラさんの間に入り、二人の手をそれぞれ引っ張ろうとする。
しかし、カーミラさんだけはなぜか、森の方を見つめたまま動かない。
どうしたのだろうと思えば、彼女は私たちの後ろを指さす。
「……それ、なに?」
「え、なんのことです――って」
振り返ってみて、びっくり。
そこにはなんとボキランが一匹、ふわふわと漂っていたのだ。
目が合うと、空中でひっくり返りそうな勢いで跳ねる。
最初に出会った一匹で間違いなかった。球状の身体の頭から飛び出した一枚の葉が完全に、彼だ。
擬態してついてきていたらしい。
リカルドさんやマウロさんも気づいていなかったようで、目を丸くしていた。
「ボキラン、なんでこんなところに?!」
『……ついてきちゃったんだ! お姉さんと遊ぶのが楽しくて』
なんてことだろう。
ちょっと遊んだだけのつもりだったが、かなり懐かれてしまったらしい。
「こんなに群れから離れていいの?」
『さっきも言っただろう? ボクたちは自由なんだよ。だから、ここに居させてほしいなぁって。……でも、ついてきたらダメだった?』
大きな瞳をうるうると揺らして、彼は上目に私を見る。
もし分かってやっているなら、とんだ策士だ。
だが、そう思ってみたところで、その瞳に見つめられてしまったら、私の心はどんどん許容に傾いていく。
別に彼がいて困ることもないし――いや、あるかも?
「ボキラン、ずーっとは遊んであげられないけど大丈夫? 私たち、開拓を進めていかなきゃいけないんだ」
『うん、その辺は大丈夫! たまに遊んでくれたら十分だよ。それに、人間は見てるだけで面白いしね。ね、いいでしょ?』
私はリカルドさんに目を流す。
ボキランの発言は聞こえていないはずだが、私の言葉から大体を察したのだろう。
柔和に笑い、首を縦に振る。
「いいんじゃないかな。彼の擬態能力があれば、外敵を翻弄することもできる。役にも立ってくれそうだよ」
『そう! ボク、役にも立つよ! ほら!』
ボキランはそう強調するとともに、お披露目とばかり、わざわざ身体を変化させた。
つる植物魔・オルテンシアになってみたり、はたまたスゲ草になってみたりする。
「……たしかに、これは役に立つかもね」
これには、カーミラさんも唸りをあげ、マウロさんは無言ながらこくりと首を縦に振った。
ボキランはその反応に水を得た魚のように私の回りを飛び、『ね? いいよね? ねーってば』と声を上ずらせる。
いちいち子どもみたいで、可愛いったらない。
心の中をくすぐられた気分、思い余った私は両の手で捕まえ抱きしめる。
『な、なにするの、お姉さん〜!』
「じゃあ今日からよろしくね、ボキラン! ううん、これからはランちゃんって呼ぼうかな」
『えー、キラって名前がいいなぁ。なんかボクらしくて格好いいし!』
「あ、それも可愛いかもね」
『格好いい、ね!』
私としては、「可愛い」の方がしっくりくると思うのだけれど、ここは大人になって譲ってあげることとする。
格好いいと言い張る姿すら、可愛いしね。
「ねぇキラちゃんが食べる虫って、どんなの?」
『ん、わりと何でも食べるよ? ハエとか蚊とか、小さいのなら』
「おぉ、屋敷の中の入り込んだ虫の駆除にぴったり!」
色々なことがあって慌ただしい一日だった。
けれど、絆が深まり仲間も増えたのだから、充実した一日だったと言えよう。