50話 そんなの当たり前!
私とリカルドさんの驚きと、マウロさんの困惑とが空気中に渦巻く。
しばらくの沈黙が落ちてくるなか、リカルドさんがそれを破った。
「……マウロ君、君はもう少し誰かを頼ることを覚えた方がいいよ」
そう、根本の問題はそこにある。
マウロさんは結局すべてのことを誰に相談するでもなく、一人で片づけようとしている。
今回、森にスファレ輝石を取りに行ったのだって、壁の建設に関してだってそう。さらに言うならば、畑に蛇が出たときもそうだ。
蛇の対処をマウロさんができないのは仕方がないとしても、リカルドさんの部下の方々にお願いすることくらいはできたはずだ。
「僕たちは同じ島で開拓使をしている仲間なんだ。
一人でなんでも決めようとしないでくれ。その行動がいくら僕たちを思ってのものだったとしても、それをよしとはできない」
厳しくも、優しい響きを持った言葉であった。
リカルドさんは飲み物を置くと、マウロさんを覗きこんで諭すように言う。
私も「そうですよ」と言わんばかりに何度か首を縦に振った。
これで理解してくれるかと思ったのだが、
「……俺が仲間、ですか」
マウロさんが気になったのは別の部分らしかった。
「そんなの当たり前じゃないですか。未開拓の島で同じ場所に住んで、同じ目的を持ってるんですし、仲間ですよ? だから心配して探しに来たんです」
私は普通のことだと思って答えれば、彼は半分口をあけて、吐息を漏らす。
「……仲間。申し訳ありません、あまり言われたことがなかったので」
それから目線をふいっと逸らして、こう小さく呟いた。
その反応に、彼がエスト島へとやってきた際、役人さんが言っていたことを思いだす。
そういえばマウロさんは王城お抱えの建築士らになじめず、問題児扱いを受けて、この島にやってきたのだっけ。
それで、一つ思い当たる。
もしかするとそんな経験も、誰かに頼れなくなる原因を作っていたのかもしれない。
一度集団から除け者にされると、どれだけ正しいことを言っても、その声はもう届かなくなる。そのうち声をあげるのも馬鹿らしくなって、一人ですべてを解決しようとしてしまいたくなるのだ。
それは私も、この身でもって痛感してきたことだ。
王城に勤めていたときは、女官たちの輪から完全に外されており、仕事を手伝ってくれる人さえほとんどいなかった。
まぁ私の場合は、ヴィオラ王女様のような理解者もいてくれたし、不自由さはまったく感じていなかったけれど……
彼が前にいた環境には、そんな人もいなかったのだろう。
ならば、いきなりというのは難しいのかもしれない。
「だったら、少しずつでもいいんです。急ぎませんから、いつかは色々相談できるくらい、信頼してもらえたら嬉しいです。私たちはもう、マウロさんのことを頼もしいと思ってますから」
「…………頼もしい? 俺が?」
「はい。これまでは建築ができる人がいなかったので、いろいろ大変だったんです。マウロさんが来てくれたおかげで、ぼろかった牛舎も直りましたし、とても助かってますよ。ですよね、リカルドさん」
私がそう同意を求めると、彼は「そうだね」と一つ頷く。
「君が来てくれたことによって、取れる選択肢が増えたのはたしかだよ。まだまだこれからも戦力として必要としている」
「…………そう、ですか」
マウロさんはそう呟くと、足を三角に折って抱え込む。
もしかすると、いきなり仲間と言われたことで混乱して、頭の整理がついていないのかもしれない。
彼は押し黙ってしばらく、手持無沙汰だったのか、タケノキカップを手に取る。
はかったわけじゃないが、ちょうどのタイミングだった。
私もリカルドさんも、エルダーティーに口をつける。
結構長い間、話をしていたらしい。
だいぶん冷めてしまってはいたが、その香りはやはり甘くて心地がいい。ぬるさ加減もほどよかった。
知らずのうちに、ふうっと吐いたため息がまた重なる。
「二回も重なるなんて……!」
私がつい吹き出すと、リカルドさんもこらえきれなくなったか、お上品に口を手元に当てて笑う。
マウロさんはといえば相変わらずの無愛想加減。私とリカルドさんを交互に見る。
よく見れば、その口角はほんのりと上を向いていた……気がしないでもない。一瞬だったから分からなかったけれど。
まぁ、その辺はこれからどうにでもなる。
いつかは、会心の笑みを浮かべるマウロさんも見てみたいものだ。