49話 意外な本心
彼はまたしばらく目を閉じると、ポケットからなにやら探り出す。
そこに入っていた全体に赤茶色を帯びており、かつ透明度が高く日の光をきらりと反射させる石は、間違いない。
「これって、スファレ輝石ですか」
やっぱり森に入った目当ては、これだったらしい。
「……はい。前に煉瓦の原料は採集してきていただきましたが、スファレ輝石に関してはまだ見つかっておりませんでした。
だいたいの場所は、前に教えていただいた情報からあたりがついておりましたから今回、調査と採集をしにまいりました」
「朝早くから一人で?」
私がこう聞くのに、
「まったくだ。危険だとは考えなかったのかい?」
リカルドさんが首を縦に振って、同じる。
マウロさんは「考えました」と一言で答える。
「だから、色々と装備はしてまいりました。靴も山に登るための滑りにくいものを履いていましたし、食料や武器なども持ちだしておりました。
ですが、スファレ輝石を前にして、少し安全を顧みない行動をとってしまいました。申し訳ありません」
……なんというか、ずれた回答だった。
断層のずれた地面みたいに、会話がかみ合っていない。
たぶん、リカルドさんが聞きたいのはそこじゃない。別に謝ってほしいわけでもなかろう。
実際、彼の顔に浮かぶのは苦笑いだ。
意外な回答のせいか、えーっと、とこめかみをかく。どうやら先の言葉が出ないようだ。
「マウロさん。そうじゃなくて、私たちが聞きたいのは、どうして相談してくれなかったのかってことです。それに日が昇る前に出たりしたら、誰も気づけませんよ。森は魔物も出ますし、今みたいな危険な場所もあります。一人で行くには危険なんです」
認識のずれを修正するため、私はできるだけ細かく聞きなおす。
……嫌味な上司みたいで、嫌な感じもするけど、この場合は仕方がないよね、うん。
マウロさんはしばし固まる。
それこそ木のようにまったく動かなくなってしまうから、「忘れてください」と訂正しようとする少し前、彼はやっと口を開いた。
「早朝に出たのは、あまり遅くにならないようにするためでございます。川がどのあたりにあるのか、俺には確証がありませんでした。なので、調査時間を確保するために早くに出立をしました。
一人で向かったのも同じ理由でございます。確証のない場所に、お二人を向かわせるわけにはいかないと考えたためです。それで無駄足になると、申し訳が立ちません」
まさかすぎる理由であった。
私はよく理解しきれないまま、何度か瞬きをする。マウロさんを挟んで反対では、リカルドさんも驚きの表情を浮かべていた。
基本的に自分の仕事にしか興味を持たない彼だ。
その口から、「私たちのため」だなんてセリフが出てこようとは、考えもしなかった。
「えっと、自分で採取したかったからではなくて? 私たちが採取してくるものじゃ不安があったから、とかではなく?」
一応、再確認してみる。
「……なにをおっしゃっているのか分かりませんが、誰が採取しようと同じだと思いますが」
が、むしろ返答に困らせてしまう結果となった。
基本的に表情はほとんど変わらない彼だが、眉には若干しわが寄っている。
彼のことをよく知っているわけではないが、それでも口から出まかせではないだろうことはその態度からして明らかだ。
でもそうなると、今度疑問になってくるのは、これまでの言動である。
あれ、もしかして私、なにか大きな勘違いをしてる……?
そんな疑念が頭の奥の方から、むくむくとわき起こっていた。
「あの、もしかして一人で壁の建設作業をしてたのも、自分以外が触れることを認めたくない……的な理由じゃなかったんですか?」
もうここまできたら、どうにでもなれだ。
いっそのことと思って、単刀直入に聞いてみる。
すると彼はまたしても小首をかしげて言うのだ。
「…………それが主目的ではございません。現段階では、煉瓦をただ積んでいるだけの状態になっている箇所もありました。危険ですので、あまり建築のことを知らない方の手を借りるわけにはいかないかと。
それに、庭作業や家事などでお忙しい中、お手を煩わせるわけにはまいりません」
「じ、じゃあ、カーミラさんが蛇に襲われていた時は――」
「……? あれは、蛇の退治に素人の俺が手を出して変に刺激してしまってはより危険が増しますから。とりあえず、彼女が蛇から離れるように誘導をしておりました。なぜか、熱くなっておられましたが」
まったく、なんて不器用なのだろう、この人は。
私はそう呆れて、拍子抜けする。
マウロさんはずっと彼なりに、誰かのことを考えて行動をしていた。
けれど、その「彼なりに」の部分のせいで、その意図は相手にまったく伝わっていなかった、とそういうことらしい。
理由をきちんと説明すればいいものを、寡黙な彼は最低限の一言、それも妙に刺々しさを感じる言葉でそれを済ませてしまう。
さらには、スタンドプレーにしか見えない行動に出てしまう。
結果としてそれが誤解を招き、真逆の意図で受け取られていたのだ。