47話 謎の感覚とエナドリ?
「……今日一日分の疲労感だよ。帰りもこれを登るのか…………」
リカルドさんはといえば、その真逆の感想だったようだ。
崖上を見上げて顔を青くしていたが、一度大きなため息をつくと、気を切り替えたらしい。
「ここまで来たはいいけど、本当にマウロ君はいるのかな」
「さぁ? とりあえず探してみるしかないですね」
「それもそうだね。上流と下流、どちらに行こうか」
「スファレ輝石がよりありそうな場所……って、どっちなんでしょうね。ねぇミニちゃん、分かる?」
『うーん、ちょっと分からないや。そもそも見たことがないかも』
手がかりは、なかなか見つからなかった。
【開墾】スキルを使って辺りの土や植物を見てみても、スファレ輝石の場所が分かるわけではない。
「とりあえず上流に向かってみようか。そうしたら、後は下るだけになる。そのほうが帰りが楽だろう?」
リカルドさんの言う通り、それがもっともいい。
私が首を縦に振ったその時だ。
ある感覚が忽然と、私の心中にぽうっと浮かび上がった。どうとも言葉にしようがない感覚だ。なんとなくとしか形容ができない、不完全なものである。
だが、なぜか下流の方へと意識が引っ張られていくのだ。
思わずミニちゃんを止めて私が後ろを振り見ていたら、
「……マーガレット君?」
先に進み始めていたリカルドさんが乗っているトレントを止めて、声をかけてくれた。
「なにか下流に気になるものでも見えたかい?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど……ちょっと気になるかなぁ、なんて」
確実なことなんてなにもなかった。
耳に聞こえるわけでも、見えるわけでも、情報があるわけでもない。
なにかが私を引き留めている。そんな気がするのだ。
これも、【開墾】スキルの力なのだろうか。だが、前に植物たちの説明が見えるようになったときとは違って、待てども確証は得られない。
自分ですら自信を持つには程遠い状態だったが、
「じゃあ、先に下流に行こうか」
リカルドさんはあっさりと方向転換をしてくれた。
「い、いいんですか!?」
「うん。君の感覚は頼りになるからね」
そう言って彼は、私とミニちゃんを追い越して下流の方へと向かっていく。
私があっけに取られてその姿をしばらく見送っていたら、ミニちゃんが口を開いた。
『リカルドさんは、本当にマーガレットさんのことを信頼してるんだね』
「そう、なのかな。でももし本当は上流にいた、なんてことになったらどうしよう……」
『その心配もいらなさそうだけどね。リカルドさんは、マーガレットさんの判断を一緒に背負おうとしてるんだ。きっと責めたりしないよ。もちろん、おれもそのつもりさ。
もう行こう? 置いていかれるよ』
じーんと胸が熱くなる一言であった。
おかげでだんだんと、自分の感覚に自信も出てくる。
なにかが、たしかに私を呼んでいるのだ。
それに意識を集中させるため、私は目を瞑る。細い一本の糸をたぐるようなイメージで、ミニちゃんに進んでもらっていたら、
「マーガレット君、マウロ君だ。見つけたよ!」
先を行っていたリカルドさんが声をあげる。
どうやら本当にマウロさんの元にたどり着いたらしい。
それと同時、霧の奥にあった謎の感覚は徐々に薄れて消える。
いったい、なんの感覚だったのだろう。これでは本当に何者かが私を導いてくれたみたいだ。
なんて悠長に考えていられたのはそこまでであった。
「どうして、そんなところにいるんだ……」
リカルドさんが唇を噛んで、ため息をつく。
彼がいたのは、崖下にできた滝つぼのすぐ脇だ。
小さな岩場の上で座り込んでいたから、どうやら身動きが取れなくなっているらしかった。
かなり危険な場所だと言える。
滝つぼの付近は流れが読めず、一か八かで水中に飛び込んでも、流されてしまうことが多い。
それに、マウロさんを見れば服がぬれてしまっていた。
たぶん長い間あの状態で、疲弊しきっているのだろう。顔も青白く、ぐったりした様子だ。あれでは到底、対岸まで渡れそうにない。
2匹のトレントも懸命に枝を伸ばして、マウロさんを救助しようとしてくれるが、
『くっ、あと少しなのに……!』
微妙に届かない。
川が流れるのが岩地であるせいだ。水の勢いもかなり強いから、壁に根を張ることができないのだ。
かといって、マウロさんに身を乗り出してもらうなんて危険も冒せない。
彼は今、疲れ切っているから、そのまま川に落ちてしまいかねない。
そこで私がアイテムを入れた腰巻から取り出したのは、蓋をした小瓶だ。
中には赤色の液体が入っている。
「それって……」
「エナベリーの実から作った液体ですよ」
「なるほど……。だけど、ミノトーロへの効果を見てたら、推奨はできないな。興奮して暴れてしまったらどうするんだい?」
「大丈夫ですよ、その辺は調整済みです。そもそもこれ、私が飲むかもなぁと思って持ってきたんです」
一応ミノトーロへに与えた時の絶大すぎる効果を確認後、私なりに調整を繰り返した。
ちょうどよく、一時的に少し力が出るくらいの濃度に仕上げてある。
畑回りの草抜きをしているとき、「元気だな」とリカルドさんに言われたのも、きっとそれが理由だ。
その時期は実験が理由で、ほとんど毎日こそこそとエナベリー水を飲んでいた。
はじめは大量の水で果汁を薄めたものを飲み、それからだんだんと濃度を上げいった。そうして辿り着いたのがこの濃度だ(味は微妙な感じだけれど)。
といって、身体の大きなトレント達に使うには薄すぎるかもしれない。
が、やらないよりはやって後悔したい。
『とりあえず、それをおれの根本にかけてくれる?』
ミニちゃんも、試す気満々といった様子だった。
私はそれに応えて、エナベリー水を彼の根元にかける。
『うーん、たしかに微妙かも?』
効果を実感できるほどではなかったらしい。
が、彼はマウロさんの元へと枝を伸ばしてみると……どうだ。
『届く、届くよ、マーガレットさん!』
ちょうど枝が少し伸びるくらいの効果はあったらしい。
ミニちゃんの枝がマウロさんの身体を巻き取り、引き上げる。
そうして私たちは無事、マウロさんを引き上げることに成功したのであった。