44話 新たな植物魔はいたずらっこ?
いかに朝早くに出ていたとしても、所詮は人間の足だ。
驚くほど遠くまではいけないと踏んで、屋敷の前を出発した私たちであったが、マウロさんの姿はなかなか見つからなかった。
足跡などを注意深く見てみたりもしたが、出てくるのは獣の足跡ばかり。
靴らしき跡は見当たらない。
そこで私とリカルドさんは、少しだけ別行動をとることにした。少しでも早く、なにかの手掛かりをつかむためだ。
それを見越して、今日はミニちゃんだけではなく、もう一体、別のトレントにもきてもらっていた。
彼らがいれば、互いに意思疎通を取り合って再合流するのは簡単なことだ。特殊な念などで、お互いの居場所を把握する力があるためである。
「マウロさん~! いませんか~」
そのため私はミニちゃんとともに一人と一匹で、森の中を探して回る。
しかし、ちょっと声をかけたくらいで、すぐに出てきてくれれば苦労はしない。
彼の場合、作業に没頭していて聞こえない可能性もあるからなおさらだ。
もしかしたら、途中でなにか落とし物などの痕跡を残しているかもしれない。
声掛けだけではなく、森の景色にもよくよく目を凝らしていたら、そこで違和感を覚えた。
「あれ、ここさっきと同じ場所じゃないかな、ミニちゃん」
確証はないけれど、そんな気がする。
まったく同じきのこに、まったく同じ種類の野草たちが、同じ配置で生えている……たぶん。
いかに深さの底が知れない森とはいえ、似たような光景が続くとはいえ、さすがにすべての種類が一致する光景なんて普通はない。
『……たしかにありえるかもしれない。おれも、走っても走っても先に進まないと思っていたんだ。本当ならこの辺りには日だまりがあったはずだし』
「んー、なにかの罠にはまったとか?」
『だけど、なにも危害を加えられたりはしていないよね』
たしかにそれを考慮すれば、誰か人間の仕業という感じでもなさそうだ。
というか、人を道に迷わせるなんて芸当、かなり特殊なスキルをもっていなければ不可能だし。
とすれば、もっとも考えられる線は――
「植物魔の仕業じゃないかしら。移動できる子達なら、わざと茂みを作ることで誘導してたのかも」
私はミニちゃんから降りて、辺りを見回す。そこで神経を集中させて、【開墾】スキルを発動した。
今回使うのは、『植物の種類や性質の文章による把握』能力である。負荷がかかる魔法ではあるが、最近では使用時間もだんだんと伸び始めていた。
私は辺りを見回しながら、ゆっくりと森を歩く。
あまたの植物が自生する森だ。大量の説明文で視界が埋め尽くされる。
私はそこから今不要な説明を折りたたんでいく。
これはこの間気づいたのだけれど、指でその文章に触ってみれば、同じ種の説明や名前を非表示にもできるのだ。
そうして周りの植物の説明を消していき、私は見つけた。
『ボキラン……近くに生えている植物に擬態する能力がある植物魔。人間や動物を惑わせて、面白がる悪戯好きな魔物。基本的に害はないが、遊びのつもりで遭難者を生み出すこともある。高温多湿を好み、餌として虫を食べる』
【開墾】スキルの説明によれば、こうだ。
擬態の能力を持つ植物魔が、この状況を生み出していたらしい。そしてもしかすると、マウロさんがいなくなった原因に、彼が関わっていることも考えうる。
「見えてるよー」
私はスゲ草に擬態しているボキランの元まで寄ると、そう話しかける。
しかし、反応はない。どうやら知らないふりを決め込むつもりらしい。
ならば、こっちも少しは強硬手段に出なければなるまい。
私はできる限りの悪人面を作って、にたりと口角をあげてみせる。おどろおどろしい声を作って、言う。
「ちょうど、スゲ草燃やして毒団子でも作ろっかなあって考えてたんだよねぇ~。ちぎっちゃおっかなぁ。一思いにぶっちりと」
もちろん、本当はそんなつもりなどない。
けれど、演技として手袋をはめて、草抜きにかかるふりまでしたら……
『やめて、やめて! ちぎらないでってば、やめるからさぁ』
ついに観念したらしい。
残念そうなため息がそれに続く。
『あーあ、もうばれちゃったかぁ~。せっかく久しぶりに人間で遊べると思ったのにな』
気の抜けそうになる暢気な声とともに、変化が解かれた。
平行脈で二枚の葉しかないスゲ草の形から、まるで葉っぱの塊が意志を持ったかのような球体に、彼はなりかわる。
それと同時、宙に浮かび上がった彼の大きさは、ちょうど人間の顔くらい。
ただし、くりっと白色の青の目は身体の半分くらいあって、かなり大きい。一本の葉が跳ねているのが、可愛らしい生物だ。