40話 岩石採取は、思いがけない方法で
オムニキジによって荒らされた畑の回復にあたり、私たちがまず取り組むことにしたのは防御策の強化であった。
今まではトレント達に囲んでもらっているだけで、十分すぎるくらい安全だと考えていたけれど、今回の一件で、彼らにだって苦手な敵がいることは判明した。
そこで、その弱点をカバーするために設置することとなったのが煉瓦による魔法壁の設置だ。
「ぴったりですよね、魔法壁! 単純に視界を遮る役割も果たしてくれますし、煉瓦の一部に魔石・スファレ輝石を埋めることで魔力の流れを乱すこともできる。そのうえ、海風よけにもなるんですから」
その材料集めへと出発する直前。
整地が終わった畑の前を牛舎の方へと歩きながら、私はリカルドさんに話しかける。
今日も今日とて、彼の見目は麗しかった。
出会った頃より、少し伸びた銀色の髪は朝日をはじき返して、きらきらと輝く。それが首筋に一束だけ垂れているのが、また彼を色っぽく見せていた。
彼はそれを紐で束ねながら、柔和な声で返事をしてくれる。
「うん。本土の都市でも使われている防御策だからね。
とくに、今回のオムニキジみたいな魔力に敏感な魔物には効果的だよ。うちの畑は魔素を多く含んだ土を使っているから、ただでさえ魔物を引き寄せやすい。そういう意味ではたしかに最適だ」
「こんなことなら、もっと前から作っておけばよかったかもしれませんね」
「いや、今回の件がなければ、そもそも思い至らなかったよ。
数か月前までは、作物なんてない不毛の地だったんだからね。それに、壁を作るなんて、材料確保も容易じゃない」
それはたしかに……と納得しかけて、一つの疑問が浮かぶ。
「あれ。じゃあこの屋敷はどうやって建てたんでしょうね。これも土をかなり使ってますよね」
「噂によれば、エスト島への進出の足掛かりにするため、本土から何度も船を往復させて材料を運び込んだそうだよ。
結局かなりの経費がかかったのに、不毛の地だと断じられて、開発は中止。島流しの流刑地になった」
つまり、いくら開発の兆しが見えてきているとはいえ、かつての失敗を考えれば本土からの大きな支援は望み薄だ。
ならばやはり、島にあるものから作り出すほかない。
そうして牛舎まで着いたところで、リカルドさんが首を傾げた。
「ところで、話しながらだったからなにも言わなかったけど、なんで牛舎に来たんだい? 森に材料探しに行くんじゃないのかい?」
「そういえば、言ってませんでしたっけ。今回は、この子達の協力が必須なんです」
「魔法壁の材料のために? その辺の土に砕いた魔石・スファレ輝石を入れて固めるんじゃないのかい」
「その煉瓦を固くするための材料が必要なんですよ、たしか。マウロさんが言ってました」
「……それは記憶しているが。ミノトーロは関係あるのか?」
いぶかしむリカルドさんをよそに、私は魔牛・ミノトーロたちを囲っていた柵の鍵を躊躇なく外す。
彼らはチルチル草の影響もあってか、まったくと言っていいくらい野生を失っていた。
いつでも逃げられる状況だと言うのに、一歩も動こうとしない。
三匹ともに、その場で気持ちよさげに身体を丸めている。
「もっとこっちにくるといいよ、君たち」
そこで、リカルドさんに餌で釣ってもらい、どうにか柵の中から出てもらう。
そのうえで、トレントたちに乗せてもらったら、やっと出発だ。
『欲しいのは、大きな白い石だよね? それなら、おれがいい場所を知ってる。今回はミノトーロ探しと違って、動かないものだから安心してよ』
前にミノトーロのフンを探して森の探索を行ったとき同様、もっともサイズが小さく、若いトレント・ミニちゃんらに案内をしてもらう。
揺れもほとんどなく、やっぱり快適だ。
木漏れ日を気持ちよく浴びていたら、たどり着いたところにあったのは、全体に白っぽい色味をした大きな岩だ。
『これのことでいいかな。目当てのものだった?』
「うん、まさしくこれ! 石英岩! ありがと、ミニちゃん」
『これくらい気にしないでよ。なんてことないさ』
岩や石も、庭師にとってはなじみの深い存在だ。
この石英岩はそれこそ、庭に敷き詰めて道を作るときに重宝した。
普遍的に取れるものでありながら、白色の持つ高貴なイメージをうまく表現できるからだ。
そのほか、庭によく使うものならばすぐに判断できる。スキルがなくとも分かる範囲のものであったが、ふと気になったのは、スキルの進化具合だ。
植物の特徴が目に見えてわかるようになったのなら、岩や土ももっと詳しく見られるようになっていたりして――
そう思って身体の中で練った魔力を目へと送ってみると、どうだ。
『石英岩……白っぽい色味をした火成岩。ガラスやレンガの原料などに使用されることもあり、その有用性は幅広い』
本当に見えてしまった。
その中には、火成岩であることなど、知らなかった情報もある。
これは、またできることが増えた……? いや、植物だけじゃなく土や岩の特徴も見られるようになったと考えれば、幅が広がったと考えるべき?
私が一人、考え込んでいたら、
「マーガレット君、どうするんだい?」
リカルドさんの声ではっとした。
「あ、えっと、すいません。ミニちゃん、ミノトーロ達を下ろしてもらってもいい?」
私がミニちゃんにこう頼んだところで、リカルドさんはやっと、なにをするのか気付いたらしい。
「……もしかして」
その頬がぴくぴくと、少し引きつっていた。
その間に、ミニちゃんはミノトーロをすでに降ろしている。
「だ、大丈夫なのかい?」
「はい、きっと! ここまでやってきて、もうやめられませんし」
私は、まっすぐに伸びる草で編まれた的を、その白い大岩の中心部分に巻きつける。
これは昨日、カーミラさんに頼んで作ってもらったものだ。もう数日かかるかと思っていたのだけれど、さすがの器用さであっという間に仕上げてくれた。
森への同行は、「怖い、無理」と断られたけれど、これを作ってくれただけで大仕事だ。
それに、今は彼女がかわりに庭を見てくれているから、安心して遠出もできていた。
そうして準備を済ませた後、私とリカルドさんは再度トレントに乗る。
そうして少しミノトーロ達から離れると、あたりの草を食もうとしていた彼らの前に、とある実をいくつか転がしてやった。
それを彼らが口にした途端、どうだ。
モォ、モォ、とどんどんと鳴き声の音量が上がっていく。
これまで、すぐに地面に座り込んでいた彼らが白い岩に向かって、猛然と突進を始めた。
「……ミノトーロ達に岩を砕かせるなんて、君以外に考えつかないだろうね。なにをあげたんだい?」
「チルチル草とは真逆の性質を持つ、エナベリーですよ。落葉樹の赤い実で、酸っぱいんですけど、噛むと一気に力がみなぎってくるんですって!」
「それで、本来の気性の荒さを取り戻したわけか。それにしても効きがよすぎるな」
「そうですね……。うまく使うには調整が必要かもです」
なかなか、壮絶な光景であった。
自傷行為に走っているようにさえ見えるが、違う。もともと彼らはこうして対象物に突進して、自らの角を研ぐ性質があるのだ。
ちなみに目の前に的を設置したから、安全性は保たれている。
ミノトーロ達はこちらに目もくれず、一心不乱に的をめがけて、走りこむのを繰り返していた。
三匹分集まれば、周りの大地を揺るがすほどの衝撃が生まれる。
おかげで岩の方も順調に砕けてくれていた。
そろそろ的の耐久性が怪しくなってきたところで、私はチルチル団子を投げる。一度そちらに注意が向くと、今度はそちらに懸命になるのも彼らの特徴だ。
もしゃもしゃとすごい勢いで団子を食べたミノトーロ達は、いつものまったりした姿へと戻っていったのであった。
それをしっかり確認してから、リカルドさんとともに砕けた岩石の回収を行う。
うん、これだけあれば十分すぎる量のはずだ。