38話 ありがとう。
仕事でお昼の時間がなかったので、今日は夜投稿です。
よろしくお願い申し上げます!
一人ほくほく満足していると、その凄腕料理人たるリカルドさんが私の隣の席に座る。
小さく、耳打ちをしてきた。
「今なら、かぼちゃを売り込めるんじゃないかな。
正直、島で持っていても余してしまうくらいの収穫量だ。それなら今回、本土に一部を持って帰ってもらって、試しに食べてもらえばいい。そうやって、エスト島の野菜に関する信頼を作って、次は商業的に売れる土台を作るんだ」
意外な提案であった。
リカルドさんはあまり、そういった商売っ気のある話は好まないと思っていたためだ。
「まったく、そこまで驚かなくてもいいだろう? 僕も一応、開拓使だ。ひととおりの内政知識はあるんだよ」
前髪をくるくると指先に巻き付けながら、彼は照れくさそうに言う。
なにその仕草可愛い、ずっと見てられる…………じゃなくて!
たしかに名案である。
今の畑のすべてが機能すれば、到底自家消費じゃ追いつかないのは目に見えている。ミノトーロたちの餌に回すにしたって限度があるしね。
「……カーミラさんの【保持】スキルで魔法をかけてもらえば、少しは長持ちするようになりましたし、いいかもですね」
大助かりなスキルだ。
だいたい7日間くらいは消費期限が伸びた。
それを考慮すれば、たとえ王都に届けるにしても、たどり着くまでに傷む心配はない。
つまり、このお野菜を遠くの地にいる恩人で親友、ヴィオラ王女に食べてもらうことだってできるのだ。
手紙に近況は記したけれど、形あるものとして、今の活動を知ってもらえる機会にもなる。
いいことづくめだ。
「あぁ、それに今回のものはあくまでお試しだ。気に入った商人や貴族がいれば、より高く買い取ってくれることにもなるかもしれない。どうだろう?」
私はリカルドさんの提案に、こくりと首を縦に振り、話に乗る。
そうと決まれば、善は急げだ。
お酒が進んでしまう前であり、かつ野菜に舌鼓を打っているまさに今が一番いい。
「そのかぼちゃやエンドウ豆なら、少し多く獲れてしまって余っているんです。よろしければ、王都まで持って帰ってはもらえないでしょうか」
リカルドさんがいかにも、ただ困っているかのように眉を下げて言う。
荷物が増えるわけだし、少しは悩むかと思ったのだけれど――
「本当ですか! ぜひともお願いいたします! この感動を王都の人にまで伝えられるなんて、嬉しい限りです」
「これを渡せば、俺たちの評価も上がりそうだ……って、あはは。本音が漏れちゃいました」
即答で、いい返事がもらえてしまった。
打算を含めて、よっぽど気に入ってくれたらしい。
その後は酒も入って、賑やかな夜が過ぎていく。
翌朝になって、島を去る最後の最後まで、役人たちは名残惜しそうにしていた。
「きっと、この手紙とお野菜は王女様に届けます! お世話になりました」
こう恭しく頭を下げてから、船へと乗り込んでいく。
そうして見送りを終え、屋敷へと引き返そうとしたところ、
「マーガレット」
カーミラさんが私を呼び止めた。
リカルドさんやその部下の方々は、少し先を歩いており、すでに海のすぐ裏手にある林の中だ。
マウロさんはそもそも「仕事が優先だ」と見送りに来ていなかったから、二人きりであった。
「どうしたんです? まさか、本当は帰りたくなったとか?」
私は少し軽口を叩いてみる。
さんざんいろいろあった結果、少しは打ち解けられたのだ。
これくらいの冗談なら許されるはずだと思っていたら、その予想通り、彼女はふっと笑ってくれる。
「真逆よ、真逆。ここに残れてよかった。だから……えっと」
どういうわけか、少し言葉に詰まっていた。
私が首を傾げていると、それは早口で告げられた。
「ありがとう、本当に。あの手紙での密告がどんな結果になるかはわからないけど、前までのあたしなら、そもそもベリンダ様に歯向かうなんて決断、絶対にできなかったと思う。おかげで今はとてもすっきりしてる。自分のしたいことをするんだ、って思えてる。
だから、感謝してる。ありがとう。それと、庭作業も楽しくなってきたし、これからも教えてほしい」
カーミラさんは、頬を赤くして目を背けていた。
腰の横では拳を握りしめているから、照れ臭いのに堪えているのが丸わかりだ。
これは驚きというかなんというか
「……カーミラさん、なんか可愛いですね」
どちらかといえば、この感想が正しい。
懸命に伝えてくれている感全開なあたりが、なんとなく心をくすぐられる。
「な、何を言ってるのよ!!」
「あ、そういう趣味ってわけじゃないんで安心してください。単純に思っただけですよ」
「それは、嬉しいけど……って、そうじゃなくて、一応頑張って感謝を伝えたんだけど!? というか、教えてくれるの?」
「もちろんですってば。今日からみっちり集中的に行きましょう!」
「お、お手柔らかに頼むわね……」
さーて、今日も仕事、仕事!