37話 島の生活が快適すぎて感嘆される
オムニキジの襲撃を退けてから数日、定期船が本土から港までやってきた。
来た当初は、カーミラさんにはこのタイミングで本土へ帰ってもらう方がいいかという話もあったけれど……
それは、取りやめになっていた。
カーミラさん本人の希望もあり、引き続き島に残って本格的に庭師を目指すことになったのだ。
「なにこれ、重い……!!」
そのため彼女は今も、開拓使の一員として、船からの荷下ろしを率先してやってくれている。
最近ではサボったりすることはなくなったが、逆にやる気が空回りしていることが増えた。
今も、小麦が目いっぱいに詰まった袋を一人で持ち上げようとして、無茶をしていた。
「カーミラさん、これは台車に乗せて運ぶんですよ。無理して抱えたら、腰を痛めますよ」
私も手伝いに入り、積荷を屋敷まで運ぶ。
後は見送りだけだが、そのタイミングで私は、したためておいた一通の手紙を役人に渡した。
「これを王女様宛にお願いします」
用件は、近況報告のほかには二つ。
まずは、庭の整備に関してだ。
島とは気候が異なるとはいえ、もう五の月も暮れだ。
時期的には本土も、暑くなってくる頃である。
そろそろ枝葉が好き放題に伸びているだろうから、剪定の目安や方法に関して、簡単なマニュアルを作成して封入していた。
そしてもう一つは、ベリンダ公爵令嬢の件に関してだ。
彼女がカーミラさんに命じて、開拓の邪魔をするよう強いていたことを告発するのである。
私にかけられた冤罪は無罪の証拠がなかったけれど……、今回はカーミラさんがベリンダ公爵令嬢から受け取っていた手紙があったから、それを同封させてもらった。
そこに書かれている文言は、明白なる脅しだ。
しかも、国策の邪魔をしたことにもなる。これが表に出れば、いくら公爵家と言えども、黙殺はできまい。
念を押すため、私はその役人に贈り物(賄賂といったほうがいいかも?)をする。
石鹸、粉にひいた各種ハーブティーなど、いわば『島の恵み詰め合わせセット』を手渡した。
「えぇっと……」
これで喜んで引き受けてくれるだろうと高をくくっていたが、反応が鈍い。
もしかして、ちょっと恩着せがましかった? それ以前に、セレクトが女性向けすぎ? 私が一人訝しんでいたら、その役人さんは苦笑する。
「えっと今回の船旅は少し海が荒れていて、到着まで時間を要してしまいました。
ですから、リカルド様にお願いして、一日泊めてもらうことになったんですよ。帰り際に受け取らせていただきますね」
なるほど、そんな事情があったとは。
でもそういうことなら、目一杯もてなしてあげられれば、より確実に手渡して貰えそうだ。
そう気合を入れていたのだけれど、蓋をあけてみれば、なにも特別な事をするまでもなかった。
「こ、こんなお料理が島で出てくるのですか!? 私はてっきり、もっと限界の生活をしているものかと……。牛乳もお菓子もあるなんて……。王都に帰ってきたみたいだ」
「あぁ、それにさっき今日泊まる部屋に行ったんだが、ベッドもふかふかで、しかもなんか心も体も安らぐんだよなぁ」
「あぁ、まったくだ。いつまでだって泊まっていたいくらいだよ。高級な宿泊所より、よほどいい」
晩餐の席で、役人たちはたいそう満足そうに語らいあう。
そう、このエスト島での生活はカーミラさんのわがままを叶えていった結果、より快適になっていたのだ。
本土でなに不自由なく暮らしているだろう役人らが感嘆しているのだから、相当なレベルになっている証であろう。
だから、その反応は嬉しかったのだけれど、それらを凌ぐくらいニヤニヤしてしまったのは、
「こんなに甘いかぼちゃ、食べたことがない! ほくほく崩れる具合もいいし、こんなもの、どう調理しても美味くなるだろ」
「このベーコンスープに入っているエンドウ豆もだよ、ほくほくとしていて、豆そのものの旨味が強い……」
やはりお野菜の味に関する感想だ。
畑を管理している者として、これほど嬉しいことはない。
親になったことはないけれど、感覚としてはたぶん、自分の子供が褒められているのに近い。どういうわけか私自身を褒めてもらえるより、幸福な気分になれるのだ。
まあもちろんリカルドさんの調理技術があったうえでの話ではあるのだけれど、ありがたいことである。