36話 やり直すにはちょうどいい朝
「……なるほど、そういうことならやりようはありそうだよマーガレットくん」
リカルドさんは戦いながら、私の呼びかけにそう答えると、一度オムニキジたちを横薙ぎで払ってから、剣をしまう。
「寄るな!!!!」
そうして限界まで甲高くしただろう声でオムニキジを払うと、屋敷へと引き下がっていった。
なにをするのか、予想はついていた。
ここは時間を稼がなければならない。
私は息を大きく吸い、
「畑を荒らさないで!!」
無理矢理高い声を出しながらオムニキジを追い回す。
逃げていくと分かった以上、怖さは半減していた。
「トレちゃんたち、できるだけ高い声で歌って!」
甲高い声のまま、トレントたちへの協力もあおぐ。
そうしていると、リカルドさんがバイオリン片手に帰ってきた。
すぐに弾き始めたのは、とんでもなく高音かつ、ぐちゃぐちゃの音だ。
その不協和音は騒がしい中でも、耳の奥に直接響いてきて頭が痛くなるが、我慢しなくてはいけない。
一番音に敏感なリカルドさんが、音のもっとも近くで苦渋の顔をしながらも、弾く手を止めていないのだ。
私が弱音を吐いていられない。
実際、効果は出はじめていた。
トレントたちのうめき声もあり、かなりの音量が出ている。
オムニキジは、キィ、キィ、と鳴いて慌てふためいているようだった。
烏合の衆とはよくいったものだ。オムニキジたちに統率力はない。
続けていると、そのほとんどが散り散りに去っていく。
「あと、少しね………」
残すは数匹。
なにか決定的な一撃がないかと考えた私は、そこであることを思いつくと、森のほうまで駆けていく。
そこで耳を両手で強く塞ぎながら、ある草を思いっきり踏みつけてやった。
――ラプラプ草。
いつか、石鹸を作ったときに見つけていた特殊な雑草だ。
その地面を這うように円形に広がるそのギザギザの草は、踏めば踏むだけ破裂音を響き渡らせる。
至近距離で聞けば、思った以上の音だった。
耳を塞いでいなかったら、鼓膜がどうにかなっていたかもしれない。
だがその分、しっかり効果は出ていた。
森から屋敷へと戻れば、オムニキジの姿はもうない。
リカルドさんの炎によって焼かれて倒れた数匹が、伸びているだけであった。
「……終わった、んだよね?」
苦闘の割には、あっけのない終わり方だった。
私はまだ現実感をつかみ切れないまま、目前の畑を見回す。
気づけば、空が白み出す時刻になっていた。
荒らされた畑の全容が、はっきりと目に入ってくる。
こうしてみると、なかなか衝撃的な光景だ。
でも全てを無に返されたわけじゃない。これならば、手入れの効く範囲だろう。
現状を受け入れるため、私がただただ見つめていたら、
「最低限の被害だね、これでも」
リカルドさんが歩み寄ってくる。
「……そうですね。土地がハゲるまではたかられませんでした」
「強力な敵だった。君の助言がなかったら、もっと酷いことになっていたかもしれないね。ありがとう」
そう、彼が言う通り、私たちは十分に善戦した。
それになにより、トレちゃんの軽いやけどを除いては怪我などもしていない。
それがなによりなのだけれど、そう思ってはいないらしい人も、一人。
カーミラさんはさっきから、畑の真ん中で座り込んでしまって動かない。
「君が行ってあげてくれ。僕が行くより、いいだろう」
「……はい」
私はリカルドさんに頷き返すと、彼女の元まで歩み寄る。
うずくまる彼女の近くまで行って聞こえるのは、泣き啜るような声だ。
出会ってから、もう二度目である。
気が強い印象だけれど、涙もろくもあるらしい。
「カーミラさん」
頃合いを見て、隣に座った私はそう呼びかける。
すぐに返ってきたのは、「ごめんなさい」という、かそ細い声だ。
「ごめん、結局なにもしてない、あたし。ごめんなさい」
どうやら、畑が荒らされたことの責任を感じているらしかった。
けれどなにも、彼女のせいなんかじゃない。
単なる自然の脅威で、それは無差別に降りかかるのだ。
「カーミラさんのおかげで、オムニキジが音に弱いと気づけたんです。なにもしてないなんてこと、ありませんよ。むしろ、殊勲賞ものです」
「でも、これまでさんざん迷惑をかけてきたのに。こんな時まで一人じゃどうしようもなくて、助けてもらって、あたしは………」
「気にしないでください。無事ならいいんですよ」
私は泣きじゃくる彼女をそう諭したのち、ぽんと一つ、その肩を叩く。
精神が不安定な時は、こうして寄り添うのがいい。
少しでも落ち着いてほしくて、そんなことをしたのだけれど、……いっそう泣き出してしまった。
「だ、大丈夫ですか!」
「あたしなんて心配される価値もない。マーガレットさんみたいな優しい人に、慰められる価値なんて、まったくないの」
「……なにを言ってるんです? 私はそこまでのことをしてませんし、カーミラさんに価値がないなんて――」
「あたしが、ステラ公爵家に言われるがままにお二人の開拓をわざと邪魔してたとしても? 同じことを言える?」
それは突然の告白であった。
急に出てきた天敵の名前に、私はたじろぐ。何の反応もできないでいたら、彼女はつらつらと語り始める。
ベリンダ公爵令嬢にけしかけられて、わざとわがまま放題を言っていたこと。
それを、私が解決していくうちに、だんだんと申し訳なくなってきて、石鹸や美容液の件は、深く感謝していること、など。
話の順序がぐちゃぐちゃで少しわかりにくかったけれど、彼女は一生懸命にそう伝えてくる。
彼女のわがままに、私が覚えていた違和感の原因はこれらしい。
カーミラさんの中で、いろいろと葛藤があったのだろう。
「あたしは最悪だ、ほんと最低」
とカーミラさんは言い切る。
しかし私が抱いていたのは真逆の感想だ。
公爵家と子爵家の力関係を考えれば彼女を責めることなんてできない。
むしろ、土壇場でそれに抗ってまで畑を守ろうとしてくれた心意気が嬉しくて、胸がいっぱいになるくらいだ。
「いいえ、最悪なんかじゃありませんって。
なんであれ、カーミラさんはこうして畑を守りに来てくれました。実際、おかげで被害も最小限で済んだ。それだけで、十分最高です。庭師として、大合格点ですよ」
「ま、マーガレット……さん」
「あらら、また涙が出てますよ……!? というか、今更『さん』付けはなんかこそばゆいです。そのままでいいですよ。素材本来の味的な、そういう奴です!」
……なんて、ちょっと冗談めかしてみても、カーミラさんの瞳から涙は滴り続ける。
いつまで経っても泣き止む気配はなかったが、私は彼女の側に居続けた。遠くからは、リカルドさんも見守ってくれている。
やがて朝日が昇ってきた。
そこで私は切り替えることにする。いつまでも、こうしてはいられない。
泣いてばかりいるよりは身体を動かすほうが、気分も落ち着くだろう。
私は勢いよく立ち上がり、腰をかがめて、彼女に手を差し伸べた。
「さぁ、そろそろ行きましょう? まずは野草採取からです! さっき干し草が燃えちゃいましたから」
「……いきなり野草? でもこの畑はどうするの」
「あー畑の件は一回対処法を考えなくちゃいけませんから、後回しです。ほら、いきましょう? ミノトーロ達に早く餌をあげないと大変なことになります」
「大変な、ってたとえば?」
「チルチル草の混じった餌を食べないと、基本的にあの子たちって超獰猛な魔物ですからねぇ。野生を取り戻しちゃうかもしれません」
「そ、それって……」
カーミラさんの顔が、みるみると青ざめていく。
そのすぐあと彼女は血相を変えて立ち上がり、私より先に小走りで森の方へと向かう。
「すぐに探すわ……!! また踏み荒らされたりしたら大変!」
「あっ、待ってください! そっちの方にはラプラプ草が――」
と、少し遅かったらしい。
森から破裂音と、カーミラさんの悲鳴が響く。
なんて騒がしい朝だろうか。
でも、やり直すにはちょうどいい朝かもしれない。
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