30話 トレントブランコ。
それから数日が経って。
カーミラさんはやはり部屋から出てこなかったのだが、ある日の朝突然に、食堂へと姿を現した。
顔にベールはしていなかった、化粧もしていない。
素朴な顔をそのままに、席に着く。
誰も、なにも口にしなかった。
リカルドさんは気を遣ってだろう、それが当たり前であるかのように彼女の前に食事を配膳する。
彼女と同じタイミングで島へ来た建築士の青年・マウロは無関心らしく、彼女の方を見ようともしない。
無言の空気で、すべてが成り立っていた。
そんななか私はといえば――
「そのままでも綺麗ですね、カーミラさん」
たまらず、こう声をかける。なにもお世辞なんかではない。
本当に、そう思ったからこそだ。
たしかに、前の厚化粧状態の方が今どきの令嬢感はあったけれど、そのままのはっきりとした目鼻立ちもそれはそれで様になっている。
美しさで言えば、ゆうに勝っている。
彼女からの反応はとくになかった。
ただ黙々と朝食を食べ終えると、「ごちそうさま」と呟いたあと、
「マーガレット」
唐突に私の名前を呼ぶ。
これまでは、「あんた」とかしか呼ばれていなかったから、なんだか新鮮だ。
そう思っていたら、
「今日からきちんと働く。教えてくれる?」
後に続いたのはこんな言葉だ。
答えは、もちろん決まっていた。
私はにっと笑顔になる。
「任せてください。太陽の下で動くと気持ちいいですよ!」
少し遠回りをしたが、これで今日からは当初の予定通りだ。
いつかカーミラさんに一人前の庭師へと成長してもらうため、彼女を指導していくこととする。
「これなに? どこをどう食べるの。この草の部分? 無理じゃない?」
「これはラディッシュですよ。ローストビーフとかに添えられたりすることが多い、小さな大根です。葉っぱも、実も食べられますよ」
「……へー、これがねぇ」
まずは午前中から昼明けかけて行ったのは、屋敷前にある畑の整備だ。
その畝の周りを歩きながら、一株ずつ状態確認をしていく。
……それにしても彼女は野菜に関する知識などもほとんど持っていない。
本当に庭師になろうとしているのかどうか疑わしいくらいだ。たまに興味を示したと思ったら、その感性はななめ上からだ。
しかしまぁ、それを今更言ってもしょうがない。
私はあきらめずに根気強く説明しながら、畑の様子確認を進めていく。
「これ、もう完成してるっぽいけど?」
その途中、カーミラさんが指さして言うのは、ヘホかぼちゃだ。
まだ苗を植えて、約ひと月程度しか経過していない。本来なら、三月程度を要するもので採れるのは夏ごろのはずだ。
たしかに実は立派に膨らんでいるし、【開墾】スキルで見ても、採れ頃とのことであった。
本来より、かなり早い成長ぶりだ。
たぶん、魔牛・ミノトーロのフンを混ぜて作った土が優秀な仕事をしてくれたのだ。
豊富な栄養分のみならず、『活性』の特徴を持つ魔素により、成長が加速したのだろう。
私は【開墾】スキルで、そのかぼちゃの実を見る。
どうやら、これ以上に実が膨れることはないらしい。
「これ、今日採っちゃいましょうか。これ以上は大きくならなさそうですし!」
「はーい」
普段の確認にくわえて、収穫作業まで。
やっといち段落が付いたのは、昼ご飯を挟んで、少しのこと。
もう昼下がりの時間帯だった。
しかし、その時点ではまだ、全体の半分も見られていない。
バジルやエンドウなど山に自生していた野菜類をかなりの数植えたので、畑もだいぶ広大になっていたためだ。
「あー、やっぱり無理ぃ!!!!!」
……そうして、また始まってしまった。
少しの休憩をとったあとのことだった。
カーミラさんは外に出て来るやこう叫びあげて、ベンチに座り込み、動かなくなってしまった。
やっと、前に進み始めたと思ったのにこれである。
彼女は、わざとらしいくらい大きなため息をついて、
「つまんない。遊べないし、甘いものも食べられないし退屈すぎる! もっと刺激的な生活ができると思ってたのに!!」
などと、再びわがまま放題に言い散らす。
やっぱりなにかの不自然さを覚える。
無理やり絞り出しているかのような、具体性のないわがままである。
前言撤回だ、やっぱりまだ予定通りと言うわけにはいかないらしい。
これには、さすがに私も少し戸惑ったのだが……まぁたしかに、都会と違って遊べるものなんてほとんどないのはたしかだしねぇ。
娯楽と呼べるものは唯一、チェスなどの盤を使ったゲームくらい。
やらない人からすれば、何もないに等しい。
私はもう働きだして5年近く経っているし、仕事づけの環境も受け入れられるが、20歳にも満たない彼女にとってはたしかに、辛い環境かもしれない。
ぱぁっと買い物して気晴らしができるわけでも、友達に会って愚痴を語り合えるような環境でもないのだ。
ここは、孤島なのである。
たしかに、なにかは必要かもしれない。
私は敷地全体を見回して、少し考え込む。
そこで、ある一つの案を思いついてしまった。これならば、少しは爽快な気分になってもらえるかもしれない。
私は事前にトレント達に話をつけてから、まだむくれ返っていたカーミラさんを呼びに行く。
「そんなに遊びたいのなら、とっておきがありますよ」
「はぁ、なに言ってんの? どう見たってないでしょ。こんな島に、海以外に何ができるの」
「まぁまぁ、とにかく来てください! かなーり刺激的な遊びがありますから」
私の押しに負けたのか、カーミラさんは半信半疑といった様子ながら、後ろをついてくる。
そうして私が案内したのは、同じくらいの背丈をしたトレントの間だ。
そこには、彼らの枝葉を合わせて作られた椅子が用意されている。
そして、その椅子は太い幹で、彼らの腕に繋がっている。
「な、なにこれ……」
目の端が、ぴくぴくと引きつっていた。
カーミラさんはその場に立ち尽くしたままの姿勢で上を見上げて、呆れた声を漏らすから、私はその肩を押して席に座ってもらう。
合わせて、両脇から垂れてきている幹を手で掴んでもらった。
「ただの椅子じゃない。これに座って、何が楽しいの。トレントじゃないけど植物魔なら、王都外れにもいたし、別になんにも刺激的なんかじゃ――」
と、強気なことを言っていたが……その途中で椅子が揺り動き始めた。
「な、まさかこれって」
「トレントブランコです! かなり高い位置から、吊るされてるので、迫力満点間違いなしですよ」
「嘘、嘘でしょ、そんなの聞いてないし! というか、そんな子供だましなもので満足するわけないでしょ」
「まぁまぁやってみたら、きっと楽しいですよ! ね?」
と、最後は支柱役の片方を担っていたトレちゃんに投げかける。
『うむ、わたしも、まぁいい運動にはなるか。この娘には、しっかり刺激を味わわせてやろう』
トレちゃんには事前に、できるだけふり幅の大きいブランコになって、刺激を与えてくれるようお願いしていた。
カーミラさんは、自分の背よりだいぶ高いところまで大きく揺られて、「ちょっと、なにこれ!!!?」と叫びあげる。
が、私がそれに答えず少しその場を離れると、様子は変わっていた。
結構楽しそうに乗りこなしているのだ。
時折、笑顔がこぼれているようにも見える。
たしかに爽やかな森の風を浴びてゆられるのは、かなり心地よさそうだ。
なんだ、ちゃんと楽しんでるじゃない。やっぱり、まだ心に幼さが残っているのかもしれない――――
なんて思ったけれど、できるなら今度は私もやってもらいたい……! そんな願望が、むくむくわき起こってくる。
25になっても遊びたいときは遊びたいのだ。
リカルドさんが乗るのを見ているのも楽しそうだ。
ふだんはしゃいだりしない彼だ、いったいどんな反応をするだろう。
そんな想像を膨らませながら、私は一度、屋敷へと戻った。
でっかいブランコ、夢ありますよね……。
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