3話 歓迎会を開いてもらい、決意する
その後、私はリカルドさんに頼まれて、草むしりをはじめた。
慣れない家事を前にやきもきするより、よっぽど気持ちがよかった。船酔いしていたことを忘れるくらい。
どうやら私は身体を動かす方が性に合っているらしい。
だんだんと作業スピードも上がった私は、次々と雑草たちをむしる。
そうして日が暮れる頃には……
「本当にこれだけの草を一日で抜いたのか? どうやったら、こんなに?」
背後に小さな山ができるくらい、雑草の束は膨れ上がっていた。
家事のため、一度家に下がっていたリカルドさんが庭へと出てきて、またしても目を丸くする。
「スキルのおかげですから。えっと、やりすぎだったでしょうか」
「いいや、やりすぎて困ることはないんだけどね。ただ、驚いていただけさ。とんでもない仕事量だ。魔力消費は大丈夫なのかい」
「ぜんぜん平気ですよ。まぁ王宮の庭を整備していた時に比べれば、少し消費したかもしれませんが」
広さにしてみれば、だいたいこのお屋敷一軒分。
それだけの範囲が、草を抜く際に掘り起こされた土により茶色へと変わっていた。
土は、そこそこに水気を含んでおり、質は悪くない。
栄養価は分からないが、スゲ草が群生するのにぴったりの環境だったのだろう。
「あとはこれが、明日どうなるかだね。これまでは、明日にはもう半分くらい生え始めていたんだよ」
「そこは心配なさらないでください。きっと大丈夫ですよ! スゲ草抜きは、これまでも失敗したことありませんから」
「そこまで言うなら、楽しみにしているよ」
リカルドさんは一つ、柔和な笑みを見せる。
そののち、「それよりも」と話を切り替えた。
「もう食事ができている。今日は着いて早々に、重労働だったんだ。マーガレットくんも疲れているだろう? 君を歓迎するために、ご馳走を用意してある。今日は、食料の補給もあったからね。さあ早く戻ろう」
リカルドさんはそう言って半身の態勢になると、屋敷の方を指す。
言われてみれば、草や土のにおいに混じって、なにやらいい香りが漂ってきていた。
私が期待に胸を膨らませて、食堂へと向かえば、そこに置いてあったのは、立派なパーティーセットだ。
牛肉の燻製に、ベーコンアスパラのチーズソース掛け、牛の尾を煮込んだテールスープ、なんかまで。
……私に言わせれば、草むしりよりこっちの方がどうやって用意したんだ、という感じである。
「あの、これも一人で?」
「うん、そうだよ。久しぶりに特別な日の料理を作ったな。まぁ、この島で取れるのは現状、うさぎの肉くらい。あとは本土からの配給に頼るしかないから、保存の効くものしか使えないのが難儀だけどね」
私はふと、辞めて帰っていったというメイドのことを思いだす。
もしかしたら、彼のあまりに完璧な家事のこなしっぷりに自信をなくして、帰宅を望んだのかもしれない。
このクオリティは、王宮で専任の料理人が提供するレベルのものだ。
「じゃあ改めて、歓迎するよマーガレット君」
王都から運んできたワインでの歓迎会がはじまる。
見た目に違わず味の方もかなりのレベルだった。
「どうかな、味付けは気に入るものだったかい?」
「はい、とっても美味しいです! 食べたことがないくらい!」
一応、貴族の令嬢とはいえ、所詮は男爵令嬢。
そのうえ女官だった私が食べてきたのは、毎日パンやチーズといった、簡単な食事がほとんどだ。
そのため細かな味の評価なんてできないが、とにかくかなり美味しい。
おかげでお酒も順調に進む。
「今日からお願いいたします、マーガレットさん!」
「庭の草抜き、本当助かりました」
おかげで、リカルドさんの部下の方々ともさっそく打ち解けることができていた。
島流しされていたことを忘れるくらいには、快適だ。
そんな空気に、気が緩んだ。
笑い上戸らしく、にこにこと笑みを浮かべるリカルドさんに思わず聞いてしまう。
「でも、こんなに優しくて温和なリカルドさんが島流しなんて。なにがあったんです?」
口にしてすぐ、酔いが覚めていくのを感じる。
もしかしなくても初日に踏み込むような話ではない。きっと、なにかの事情を抱えているに違いないのだ。
リカルドさんは、ワイングラスに口をつけて遠い目になる。
「僕はもともと政治をするような人間じゃなかった。魔法スキルも【火属性】っていう平凡なものだったし、騎士になるつもりもなかった。芸事、とくにバイオリンが得意だったんだ」
「……それがどうして? えっと、答えにくいのなら答えなくても――」
「いいさ。大したことじゃない。音楽の世界は、一見華やかに見えるけど、裏には貴族同士の争いが繰り広げられている。誰の家が一番の弾き手だとか、歌い手だとかね。
実際、それで王家に評価されて褒賞や地位を受けることもあるから、切り離せないんだよ。その争いに巻き込まれたんだ」
似たもの同士だ、とその話を聞いて私は思う。
リカルドさんも明白な罪の証拠が見つからなかったことにより、処刑の罪を免れて、開拓を任じられることになったらしい。
「たぶん、芸事ばかり熱心にしていた僕への当てつけもあったんだろうね。
ろくに領地の経営なんかしたことのない僕に、「開拓がうまくいけば、戻してやる」なんて条件をつけて、この島に流した。
期待などされていないんだ。その人からすれば、僕を音楽の世界から遠ざけられればそれでよかったんだろう」
リカルドさんはそう言ったのち、ワインを最後まであおったのち、にこり笑顔を見せる。
「まあ意外と悠々自適で悪くないけど」
無理をして気丈に振る舞っているのは、明らかだった。
本気で音楽が好きだったことが、言葉の端々から伝わってくるのでなおさらだ。
そんな姿を見て、私の中で一つの決意が固まっていく。
「戻れますよ、きっと! これから、頑張って開拓すればいいんです。私もできる限り、手伝います!」
「はは、君がそう言うと頼もしいな」
「本気で言ってますからね、私」
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