29話 石鹸と美容液、できました!
彼女は昨日から、部屋に篭りきりだった。
食事も部屋で取っており、配膳や下膳は私が行った。しかも、はじめは食べる気すらなかったようで、部屋の前で粘った末にどうにか食べてもらった。
今日も持久戦になるかと思ったが、
「できましたよ、石鹸! チルチル草の根を配合した特製品です。しかも、へちま美容液も用意しました。これできっと、お肌もよくなります」
と言えばすぐに扉は開いた。
なんだかんだで、期待してくれていたのかもしれない。
「……本当でしょうね?」
「はい、誓って本当です。とにかく、出てきてください。そうしたら、これを使っていいですよ」
私は手元の布を開いて、彼女に石鹸をお披露目する。
するとカーミラさんはすぐに、私の手元を覗きこんだ。そして、感嘆したような息を漏らす。
「この透明感、なにこれ。王都の一級品?」
「いいえ、ここの屋敷にあったものは粗悪品だったので一から作ったんです」
「そんなことまで、できるの、あなた…………」
カーミラさんはそう呟いたのち、はっと口を覆う。
まるで失言をしたみたいな反応だ。
それを少し不思議に思った私が油断していると、彼女は石鹸を攫って、早足で廊下を歩いて行ってしまう。
が、こんなに目的地が分かりやすいこともそうない。
向かう先はたぶん、井戸だろう。
それが分かっていたから、私は先回りをして、井戸のすぐ目の前にある建付けの悪い簡易倉庫に身を隠す。
しばらくすると、本当にカーミラさんはやってきた。
誰にも素顔を見られないためだろう。周りを警戒しながら、井戸までたどり着く。
私はその様を、倉庫の扉を少しだけ開けて覗き見ることとした。
勝手に、はらはらドキドキとしていた。
私とリカルドさんは問題なかったけれど、彼女の敏感肌にも合うだろうかと少し不安もあったのだ。だいたい、まともなものを作ったのははじめてだ。
私は息を呑んで、彼女が顔を洗うのを見つめる。
「……すごい、なにこれ。洗い終わったのに、全然カサカサしない……」
どうやら、上々の結果だったらしい。
彼女はへちま美容液を塗り込んだ後、何度も自分の肌に指を沈みこませて、その張りを確かめる。
持参していたらしい手鏡で自らの頬を見る彼女は、無自覚だろうが、口角が上向いていた。
上気した頬には、笑窪ができている。
その姿に私は、ほっと一つ息をつき、扉に寄りかかる。
と、そのときだ。きぃと嫌な音がした。
まずいと思った時には、もう遅かったらしい。
年季の入っていたその扉は、重みに耐えきれなくなったのか、ばきりと割れて途端に前へと倒れだす。
「え」
そうして前へと崩れこむ。
衝撃に閉じていた目を開けてみれば……
「なにやってるの、また見てたの!?」
結局は、冷たい視線を注がれてしまった。
しかも、怒りも買ってしまっている。実質覗きなのだから無理もないのかもしれないけれど。
せっかく万事うまくいっていたのに、最後の最後にやってしまったらしい……。
また怒声を浴びせられそうだと、私は青ざめるのだが、カーミラさんは予想に反して、こちらまで来て屈むと、手を差し伸べる。
顔を洗った際に外したのか、レースはしていない。
そのままの顔を見せてくれていた。
「まぁいいわ。ほら、立てる?」
「は、はい……」
「勘違いしないで。あたしはただ……、あの石鹸を作ってくれた恩を返したかっただけだから。借りを作るのは嫌いなの。いいから、マウロ呼んで直させましょう」
まだ、完全に心を許してくれたわけではなさそうだ。
けれど、一歩は前進したと言えるのではないだろうか。
【恐れ入りますが、下記をお願いします】
・面白かった、楽しかった
・続きが気になる
などと少しでも思ってくださった方は、画面下部の☆☆☆☆☆を★★★★★にして応援して下さると嬉しいです。
ブックマークも歓迎です!(╹◡╹)
よろしくお願いします!