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26話 それはだめ!

とまぁ、最初は割と楽観的にとらえていたのだ。


新しい人が来るからには、仕事の一部を分けることもできるし、時間ができれば新しいことにも挑戦しやすくなる。

もっと森の探索もしてみたかったし、その奥にわずかに見える険しい山々の方まで足を延ばしてみたい気持ちもあった。

他にも夏植え野菜なんかも見繕いたいし……と。


しかし、そんな風に膨らんだ想像は泡のように弾けることとなる。


新たな二人を迎えて、まだ三日目のことだ。


「もう、あ り え な い んですけどぉ!!!!!!!!」


という野太い声が屋敷には響き渡っていた。

声の主は、リカルドさんの部下の方……と言いたいところだけれど、違う。


新しく来た女の子、カーミラの部屋からだ。


朝、といっても昼の方が近いくらいの時間である。


あんまり起きてくるのが遅いのでリカルドさんに相談したのち、二人で2階にある彼女の居室まで迎えに行ったら……


廊下の角を曲がる前の時点で、頭を金槌で打たれたみたいな悲鳴がとどろいた。


「……こりゃ、困ったな。どうしようか」


温和で、大概のことなら笑って受け入れてくれるリカルドさんだが、今回ばかりはそうもいかないらしい。


「まだ彼女が来てから二日しか経っていないけど、もう何度聞いたか分からないよ。この手の高い声はダメなんだ」


と、耳を押さえて顔をゆがめている。

もしかすると、音楽家である彼は人よりも耳が敏感なのかもしれない。


「大丈夫ですか、リカルドさん……。はぁでも、まさかこんな子だったなんて」


私も思わず、ふむと一つ考え込んでしまう。



来た時こそ愛想のよかったカーミラだが、あれは猫かぶりだったのだ。


その本性は恐ろしくわがままで、「王都と違って、カフェがない!」とか「海で遊びたいのに綺麗な浜もないの!?」とか、この二日間、激しい自己主張とともにわがまま放題を言い続けている。


役人さんは、建築士をやっていたマウロの方が問題児だと言っていたが、彼は今なに一つ文句も言わずに倉庫の建設準備を進めてくれていたから、前評判は当てにならない。


「難しい年ごろの子供ができた気分だよ。ご飯の面でも、魚は食べられないと言うし、甘いものがない! と怒りっぽくなるし、せっかくのスキル【保存】も使ってはくれない……うーん、どうしようか」

「庭仕事も、泥臭くて無理だ! って逃げちゃいましたよ」


「どうして、わざわざ志願したんだろうね……」

「もしかして、島なら毎日海に入れて、山で散策して悠々自適な生活が送れる! みたいなこと思ってたり?」


たしかに私も、幼い頃はそんな幻想があった。というか働き出すまでは、常にそんなことばかり考えていたかもしれない。



貴族学校を出るのが18の歳。

彼女の年齢がまだ10代だろうことを考えれば、夢見がちになるのは仕方ないのかもしれない。


「だとしたら、このままここにいるのは彼女にとっても悪影響だろうし……。次の便で戻ってもらった方がいいのかもしれないね」

「でも次の便って……」

「一ヶ月後だね。彼女にとったら、それまで生きた心地がしないかもしれないな」


と、リカルドさんがそこまで言ったところで、会話をさくようにまた甲高い怒りの声だ。


彼は再び耳を押さえて、顔を顰める。


「……このままじゃ、僕もそうなるかもしれないな」

「リカルドさん、もうここは私に任せて、行ってください。耳に良くありませんし」


「すまないね、マーガレットくん。君は平気なのかい?」

「はい、慣れてる方です!」


なにせ王城勤務の時には、女の園みたいな環境で働いていたわけだしね。しかも、派閥争いだってあり、常にギスギスしていた。


大喧嘩が起こったりしたときは、かなりうるさかったっけ。

無視して仕事をするのも躊躇われるくらいだった。


それに比べれば、ましなほうだ。

相手が一人だしね。


「すまないな、なんでもお願いをしてしまって。ありがとう。昼ごはんは期待していてくれ。君の好きなベーコンチーズアスパラにするよ」


こう残して、リカルドさんは部屋から遠ざかっていく。



好物をぶらさげられたら、どうにかする気がむくむくと湧いてくる。

私はカーミラの部屋の前まで行き、そこで少し待つことにした。


火に油を注ぐことになりかねない。


声をかけるのなら、もう少し落ち着いた頃がいいだろう。そこで、窓を開け外の庭を眺めていたところ、不意に声が止んだ。


かわりに、啜り泣くような音が聞こえてくる。


「こんな顔じゃ、誰にも見せられないよ……………」


そして、こんな吐露も。


これまでのわがままとは、少し様子が違うようだ。

私は景色を眺めるのをやめて、扉の前で耳をそばだてる。


「もうむかつく、むかつく。なんでこんなに赤いぶつぶつができるの!? 他の人にはできないのに、私だけ肌もカサカサで、しかもこんな出来物……。いっそ、潰してやる、潰して絞り出して――」

「それはだめ!!!」


私は思わず、そう声をあげていた。


扉を挟んで反対側では、急に割り込まれて驚いたのだろう。カーミラが「なんで、あんた……!」と声を尖らせる。


「それだけはだめ。それをやったら、余計に悪化する。跡になるかもしれませんよ。カーミラさん、肌荒れしているんでしょう?」

「なんでそれ……! いつから聞いてたの、いつからそこに!?」

「ついさっきですよ。あんまり部屋から出てこないので、様子を見に来たんです。それにかなり音が響き渡ってましたから」


私がそう言うと、彼女はしばし黙り込んだ。


「だからなに? 黙ってれば文句ないわけ?」


と、冷たい口調で言い放つが、さっきまでよりはかなりトーンダウンしている。


泣いたせいもあるのか、少し震え声だ。


たぶん、もっとも知られたくなかったことを聞かれてしまったせいも少なからずあるのだろう。


彼女としては最悪の状況かもしれないが、こっちとしてはいい交渉の切り札だ。

利用しない手はない。


「聞いたことは、他の人には黙っておきますから開けてください」

「……なにそれ脅しのつもり?」

「そう取るなら否定はしませんよ」


ちっ、という舌打ちがこちらまで響く。

が、少し遅れて扉はゆっくりと開いた。


彼女はなにやらレースの被り物をしていた。どうしても素顔を見せる気はないらしい。


けれど、私が廊下の窓を開けていたのが、そこで災いした。


風が吹き込んできて、そのレースをめくりあげる。

その内側に見えたのは、発疹ができて赤らんだ顔だ。それに化粧を落とした顔は、目がくりくりと大きいわけでもなく、どちらかといえば素朴な顔をしていた。


髪型もセットされていない、シンプルな後ろ一つくくりになっており、昨日までの姿とはまるで別人みたいだ。


驚いていると、


「は、謀ったの!? 汚い顔を見て馬鹿にしてやろうって魂胆!?」


おおいに誤解を受けていた。


「ち、違いますって! ただ、窓の外を見ていただけ! 事故ですって!」


弁明するけれど、たぶんそんな言葉はもはや耳に届いていない。

彼女はレースを手で押さえると再び顔を覆い隠す。


急に膝から崩れ落ちたと思ったら、はは、はは、と引きつるように笑ったあと、「どうせ汚いわよ」と一言漏らした。


「……あたしなんて所詮、作りものなの。化粧がなかったら、どうしようもないの。でも、移動中余計に肌の調子が悪かったから、もう予備まで使い切っちゃった。そしたら、また肌も荒れるし……。

もう、終わりなの」


そのまま床で膝を抱え込み、丸まってしまう。



どうやらカーミラの肌悩みは、かなり深刻な領域に至っているらしい。


外見のコンプレックスが、心をむしばむのはよく聞く話だ。


とくに、貴族階級の令嬢に多いらしい。

優れた外見であることは、そのまま地位の向上につながる可能性が高いためだ。

歴史的に見れば、その容姿の素晴らしさにより平民から王族にまで成りあがったなんて話もあるくらい。


貴族界において外見は、身分よりも重要な要素になる可能性を秘めている。

彼女もそんな常識の下で、これまで生きてきたのだろう。


(カーミラさんが島に来てから荒れ狂っていた原因は、ここにあったのかもしれないわね……)


だとしたら、来月の定期船を待って彼女を部屋に籠らせているより、いい方法がありそうだ。


「私に任せてください、カーミラさん!」

「は……? なにを?」

「すぐに、綺麗にしてさしあげます」


「そんなの、どうやってもできないと思うけど? 化粧品があるわけじゃないんでしょ?」

「でも、この島には豊かな自然がありますから! それに頼ればいいんですよ」




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