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22話 君がため。【一章ラストです】

その日。

私はなにも考えないようにするため、無心で作業に励んだ。

トレントらの世話をしたり、灰を含ませて土づくりをし栽培環境を整えたり、とかなり仕事ははかどる。


いつもなら、こんな日の晩御飯はかなり美味しく楽しいのだが、今日ばかりは少し気まずかった。

彼の料理の味自体は変わらないのだが、なかなか会話が続かず、すぐに途切れてしまう。


人当たりのいい彼は、初対面から気さくに接してくれた。

そのため、出会ってから一度もなかったようなことだ。


たぶん、私を置いていなくなるのが、気まずいのだろう。


「えぇっと、ごちそうさまでした……!」


すぐに引っ込もうとするのだけれど、


「少し待ってくれるか、マーガレットくん」


そこを真剣そのものの顔つきで引き留められた。


「少し時間が欲しい。いいかな?」

「……えっと、はい……」

「そんなに時間は取らないようにするさ。すぐに行くから、庭のベンチにいてくれるかな」




リカルドさんの言う通り、私は庭で彼を待つ。

もう暑くなってくる季節だが、夜の庭は少し肌寒い。


私が念のためもってきた羽織に袖を通している、と彼はなにやら大きなものを抱えてやってきた。


カバーがかかっていたが、その形状からして、バイオリンだろう。


「少し待たせてしまったね。そういえば、君には聞いてもらったことがないと思ったんだ」


言われてみれば、ここへきてから彼が楽器を手にしている姿を見たことはない。

どこかで練習しているのだろうかと疑問に思ったことはあったが、下手に踏み込むことにもなりかねないから、尋ねてこなかったのだ。


私が一つ首を縦に振ると、彼はすぐに準備へと取り掛かる。


「これだけはどうしてもと頼んで、持って来させてもらった一本さ。これの他には、なにもない」


愛用らしく、少し年季の入ったバイオリンだった。

彼はその端を左肩に乗せて、あごをそっと当てると、弓を手にして演奏をはじめる。



はじめの一音でさっそく、腹の底が震える感覚になった。

私は男爵令嬢とはいえ、女官。夜会に出たことなど数える程度しかなく、バイオリンの演奏を聞いた回数も少ない。


けれど、そんな知識のない状態でも彼の腕前がかなりのものであることは分かる。

音がぶれずに強く、またしなやかに響いてくる。ふだんの優しい印象とは裏腹に、結構に力強く、また伸びやかだ。


それに、とにかく格好良かった。真剣にバイオリンに落とす目も、立ち姿も、なにも。

背景の星がきらめく夜空とあいまって、幻想的な光景になっている。現実感が薄れていきそうだ。


そこへ、


『なんだ、いいメロディだな。実に豊かで充実した心が乗っている』

『わたしたちも久しぶりに歌うか』


途中でトレントたちが混じってきたのだから、驚きだ。

屋敷を囲うように存在しているトレントだ。彼らが歌うと、まるで空から歌が降ってきているかのような感覚になる。


私が思わず聞き入っていたら、演奏が終わった。

遅れて拍手をすると、リカルドさんはそのままの姿勢で頭を下げる。


トレント達はざわざわと葉を揺らしているから、賞賛を送っているらしかった。


私はといえば、言葉をなくして固まる。

やはり、かなりの才能だ。それこそ、島に留めておくには惜しいくらい。たぶん王都でも一、二を争う弾き手になれる。


なんて思っていたら、バイオリンをしまったリカルドさんが私の隣に腰を下ろした。


「決めたよ」


顔を振って少し長い髪を払ったあと、夜空を見上げつつ、そう呟く。

やっと決心がついたみたいだ。


私も別れの覚悟を決めなければと思ったら――


「やっぱり僕はここに残る。マーガレットくんとこれからも開拓生活をするよ」

「……え」


その決断は、予想とは違った。


「なんでですか……。こんな機会そうないですよ? それに、これだけの腕があれば、またすぐに弾き手として活躍できますよ、絶対。なのに、なんで……」


私は思わず横を振り向き、早口で問い返してしまう。

たぶん必死の形相になっているだろう私に対して、リカルドさんは憑き物がとれたような顔をしていた。


「今日弾いてみるまで僕はろくにバイオリンが弾けなくなっていたんだ。奏者としてこれからって時に無実なのに島流しにあって、気落ちしていたんだね、きっと。

 ここへ来てから半年、もう何回弾こうとしてもダメだった。手が震えて、不協和音が出る。もう終わりだと思ったよ」

「……そうなんですか」


「だから最近は、バイオリンに触れてなかった。どうせもう王都に戻れやしないし、どうでもいい、って心の中で諦めてたんだ」


……なるほど。

私が一度も彼の演奏を聞いてこなかったのには、そんな裏があったらしい。


彼はそこで、「でも」と口角をにっとあげる。


「マーガレット君。君が来てからは変わった。これまでどうにもならなかった開拓が進むようになったし、それだけじゃない。日々が明るくなったし、起きるのが楽しみにもなった。気づけば、明日が楽しみになったんだ。

 

だから、今日ならいけるんじゃないかと思った。君の前なら、うまく弾けるんじゃないかってね。そしたら、本当にうまくいった。

君が僕にバイオリンを弾かせてくれたんだ。全部、君のおかげなんだよ」


暗い中すぐ近くで見る笑顔は、いつもにまして眩しく感じた。

その輝きは、私の視線を捉えて離さない。


もはや光そのものだ。

そんな彼が、雑草たる私に礼を言うのだ。


「これで完全に吹っ切れた。僕は別に、バイオリンで成りあがりたいわけじゃない。僕の演奏を聞いて、自分も相手も幸せになれたらそれでいい。

今日の演奏は、まさしくそれだった。最高に楽しかったよ。トレント達が歌い出したことも含めてね。

 そりゃ魅力的な話だけど、恩人である君を不当に追放するようなステラ公爵のもとで弾き手になれたってなんの意味もない。それなら君のために弾きたいな」


嬉しい言葉だった。

とても、とても嬉しい。残ってくれることも、そこまで言ってくれていることも嬉しくて仕方がない。


私だって感謝の気持ちを伝えたかったけれど、なにか口を開けば泣き出してしまう気がして、唇を引き絞るしかできなかった。


そんな私の手を彼は軽く握る。


「というわけで、明日からもよろしくお願いするよ、マーガレットくん。それとも、別の貴族が来てくれたほうがよかったかい?」

「……そんなことありませんよ。リカルドさんのごはんは、ぴかいちですし」


少し軽いトーンで話を振ってくれたので、私はやっと返事をする。


「はは、ならよかった。もし、いらないって言われたらどうしようかと思ったよ。島に別の家を建てて住むしかないかと」

「そんなこと簡単に出来たら苦労しませんよ」

「たしかにそうだね、はは」


そうして、ゆっくりゆっくりと、いつもの和やかな雰囲気が帰ってくる。

そのまま、夜は過ぎていったのだった。




三日後、約束通り手紙の返事をもらおうとやってきたステラ家の船に、リカルドさんは断りを入れる。

どうやらまだしばらくは、彼との開拓生活が続きそうだ。




一章ラストになります! 引き続きよろしくお願いします!


たかた


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焼き捨てられた元王妃は、隣国王子に拾われて、幸せ薬師ライフを送る〜母国が崩壊? どうぞご勝手に。〜

― 新着の感想 ―
[一言] マーガレットを残したまま帰ってもきっと不協和音だったね。 ましてやベリンダの前では。
[一言]  ……格好ええなぁ  負い目や格好つけだけでもなく自由からコレをやれるのは、いちばん恵まれてる  そういうのには憧憬するよ
[一言] あ、天罰は、こういう横暴を見逃している、現王家の人々(王女様除く)に希望します。エスト島の大躍進を、王国は指をくわえて見てるだけ、みたいになったらいいのだけれど。
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