21話 ベリンダ令嬢からの手紙はリカルドさん宛てで?
――数日後、エスト島にて。
「リカルド様、港に船が来ておりますよ」
漁をしていた彼の部下が戻ってきたと思ったら、突然にそんな報告が舞い込んだ。
昼下がりの時間だった。
食後の休憩に、歓談をしていた私たちであったが、慌てて屋敷を出る。
「……配給の船はこの間来たばっかりだよね。ひと月に一度という話だったと思うんだけどな」
「どうしたんでしょうね。間違えてたりして? まぁお肉やお野菜なんかももらえるので、いいんですけどね」
「本当に間違えただけなら、いいけどね」
こんな会話を交わしつつ、小さな林を抜けると、そこにいた船はいつもとは違う。
側面に描かれていた紋章を見て、私は血の気が引く感覚を覚えた。
思わず、彼の後ろに隠れる。
「あの騎士の紋章ってたしか……、ステラ公爵家のものじゃ」
「あぁ、あれなら僕もよく知ってるよ。なんでこんなところに、一公爵家の船がいるんだろうね。……って、どうしたんだい? ずいぶんと具合が悪そうだけど」
「私、そもそもはステラ公爵家のベリンダ令嬢に謀られて、島流しにされたんです。もしかして、まだなにかしてくるつもりなんじゃ……とか思いまして」
「そうだったのか……。うん、そういうことなら僕が対応しておくよ。君は先に戻っているといい。もし君に用があるなら、うまく撒いておくさ」
なんて助かる提案なのだろう。
リカルドさんには申し訳ないが、正直あの家とはもう関わりたくなかった。
もともと、王城内で、ステラ一派の女官が幅を利かせていたこともある。いつのまにか苦手意識がついてしまったらしい。
私はそろそろと引き返すが、気にならないわけではない。
浜からすぐの林の中に隠れて、船員とリカルドさんがなにやら会話を交わすのを見守る。
なにか大きなものの受け渡しなどが行われたわけでもなさそうだった。
ほんの少しの時間。
意外とあっさり、船は引き上げていった。
私はたまらず、浜の方へと出ていく。
「なんだ、見ていたんだね?」
「えっと、はい……。どういう理由できたのか、どうしても気になってしまいまして。なんだったんですか」
「あぁ、これを受け取った。これを渡すためだけに船を動かしたらしい。公爵家というのは呆れるくらい権力があるらしいね」
そう言うリカルドさんが見せてくれるのは、一枚の封書だ。
宛名には彼の名前が記されており、差出人はくだんのベリンダ令嬢からときている。
「私じゃなくて、リカルドさん宛て……」
「うん、そこがよく分からないな。僕は、ベリンダ様と直接顔を合わせたこともないし、特別話をするようなことも思いつかない」
いったいなんの用があって、彼に手紙をよこすことがあるのだろう。
自分の利益のためであれば、どんな手段もいとわないベリンダ令嬢のことだ。
私は自分が突然追放されたこともあり、彼にもそんな災難が降りかかってしまったのでは、と不安になる。
ただそれでも口にはしないでいたのだが、
「そんなに気になるなら、これは一緒に開けようか」
「えっと、いいんですか」
「別に、誰かと見るなとは言われていない。それに、ずいぶん眉間にしわが寄っていたからね。そのままじゃ作業もままならないだろう?」
彼のエメラルドグリーンの瞳には、すべてお見通しだったらしい。
リカルドさんの侯爵からの降格だとか、今後の配給停止だとか、そんな連絡だったらどうしようか。
私は不安に思っていたのだけれど、屋敷に戻り手紙の中身を見ればそこに書かれていたのは、考えていたものとは違った。
「僕をステラ家お抱えのバイオリン奏者として雇用したい…………、だって?」
読み終えたリカルドさんは、緩慢な動きでその手紙を折りたたむ。
横で見ていた私も、その話には驚きを隠せない。
手紙によれば、そもそもリカルドさんの罪を疑って追放処分に処したのは、別の貴族家であり、それ以上に権力を持つステラ家が請願書をだせば、流刑を解くこともできるとのことだ。
三日後に再び、返事を聞きに来るそうだ。
たしかに話の筋は通っているように思える。
リカルドさんは、突然の展開に戸惑いを隠せないようだった。
手紙を机に置いた後には、眉をひそめて、椅子の背にもたれかかる。
口に握った手を当てて、思案顔だ。
だが、普通に考えてみれば悩むことなんてない。
もともと彼は、開拓なんてまったく無縁の文化人であり、バイオリン弾きのような芸事に従事していた。
彼がどれだけの時間や熱意を、そこへ傾けてきたかも、私は歓迎会のときに聞いている。
そもそも開拓を成功させれば、王都に戻り、バイオリン弾きになれるからという理由で、彼は開拓を行っていたはずだ。
たしかに予想外の形ではあるが、目標が叶ったことには違いない。
「あの、リカルドさん。受けてもいいんじゃないですか」
「……マーガレットくん。でも、開拓だって始まったばっかりだ。まだこれからだというのに、君を残して戻るなんて――」
「いいんですよ、私のことは。自分の夢の方を大切にしてください」
そりゃあ、本音を言えば悲しい。
ここにきてからの付き合いとはいえ、衣食住をともにしてきて、やっと心から打ち解け合えるようになってきた頃だ。
これからもリカルドさんとの日々が続くと思っていたし、それを望んでいた。
でも、私のために彼を縛り付けるのは、間違っている。
「たぶん、また別の方がこの島に派遣されるでしょうし、まぁ最悪一人になっても私はなんとかやれますから」
こう投げかけて、私は席を立つ。
たぶん、今の私はかなり情けない顔をしている。それを悟られないように俯き、部屋を後にした。
心配しないで読んであげてくださいませ~!
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たかた
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