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2話 島流し先で、平凡すぎる【庭いじり】スキルを絶賛される。


――それから数日。


私はもう島に流されていた。


島の名は、エスト島。

本土のある大陸から東の方角に、約2日ほど航海をしたところに浮かぶ島だ。


その全土が鬱蒼と緑の生い茂る未開拓地とされている。



私は、同乗してきた役人に連れられ、浜辺から丘の方へと険しい道を歩く。


どうやら船酔いしたようで若干気持ちが悪かったが……今の私は、罪人扱い。

そんなことで構ってはくれない。


むしろ、食料などの荷物を持たされる。


痛む頭を押さえながらどうにか進んでいけば、少しだけ景色が開けた。

林を抜けて、草地へと出たのだ。


そこにはぽつんと一軒だけ、小さな屋敷が建っていた。

その白塗りにされた見た目は、森の中にある家としては、不自然なくらいに都会じみた趣向をしている。


私がその家をしげしげと眺めていたら、


「これはこれは。お早かったですね」


一人の男性が、玄関先へと出てきた。


未開の島に住んでいる人間の佇まいではなかった。


簡易的ながらもフォーマルなジャケットとスラックスに身を包んでおり、王都にいる貴族様と同じような恰好をしている。



なにより、とんでもない美形だ。


若干、線が細い感じはあるが、その肌は輝くように白いうえ、少し長めの銀色の髪は日の光を受けてきらきらと煌めいており、まるで作り物かのよう。


自分の肩口でばっさり落としただけの無造作な茶髪や、化粧ひとつしていない顔が恥ずかしくなるくらい。


思わず見とれていたら、次にはっとした時には、もうすぐ近くに彼がいた。


「君が、マーガレットくんだね? 僕は、リカルド・アレッシ。一応、ここの開拓を任されている侯爵だ」


そう名乗った彼は、同時に片手をこちらへ差し出す。

一瞬戸惑うが、私は慌てて荷物を側に置きその手を取った。


指まで綺麗だ、なんて感想はいったん自分の内側にしまっておく。


「よ、よろしくお願いいたします。今日から使用人をさせていただく、マーガレット・モーアです……!」

「そう固くならずともいい。君はもともと女官だったそうだけど、男爵令嬢でもあるんだろう? なら、同じ貴族じゃないか」


いやいや、貴族と一括りにするには身分差がありすぎるけどね?


侯爵という地位は、地方の領主や、中央政権でそれなりの地位にあるものに与えられる。

私みたく、庭いじりばかりしてきた端くれ貴族とは大違いの立派な身分だ。


だというのに、ここまでフラットに接してくれるのだから、このリカルド侯爵はかなり人当たりのいいかたらしい。



まぁ、変に気難しい人よりはやりやすいか。





そうして挨拶を終え、役人らの乗る船を見送ったのち。


「ここがリビングで、あっちが食堂、それで西の方には水浴び場がある。一応、ひととおりの施設は用意してもらっているんだ」



私は、リカルド侯爵に屋敷内を案内してもらっていた。


現在、この屋敷に使用人はいないと聞いていた。

前はメイドがいたらしいのだが、どうやら島での生活に耐えられず、本土へと帰ってしまったのだとか。


つまり、この屋敷のすべての家政業務が私のものになる。

これまではスキルもあり、得意な庭いじりだけが仕事だったから、大幅に仕事の幅が広がる。


ちゃんと洗濯、料理、掃除などもできるだろうか。

正直、不安でいっぱいだったのだけれど……


「あの、私いります……?」


屋敷内を一通り案内してもらって浮かんだ感想が、これだ。


正直、拍子抜けしてしまうくらいだった。

ちゃんと洗濯物は干されていたし、皿は綺麗に洗われているうえ、作り置きまでなされている。


床だって、まぁぴっかぴかだ。

むしろ、林の土道を踏んできた靴で歩くのが躊躇われるくらい。


窓の外に広がる、草原が目に入らなければ王都にいるかのようだ。


「はは、なにを言ってるんだ。来てくれるだけでありがたいよ、マーガレットくん。

この屋敷には、開拓使の部下も数名住んでいる。僕が彼らの世話に回っていて、肝心な開拓がほとんどできていなかったからね」


「……え。これ全部、リカルドさんご自身がやってるんですか!?」

「あぁ、うん。一応、そういうことになるかな。家事は得意なんだよ。それに几帳面だから、細かいことが気になってね。最近はほとんど、開拓は部下任せだ」


……なんだそれ、なんだそれ! と、私は心の中で絶叫する。



こんなことがあるだろうか、普通。



開拓を任されているはずの侯爵は、屋敷に籠って家事に専念していた。

それもほぼ完璧な家事能力で、非の打ち所がない。



ということは、だ。

彼が今後開拓にでるようになったら、私はこのレベルの家事を求められることにならないだろうか。


さあっと血の気が引いていく。


「えっと、そのお庭とかはありますか?」


私がそう尋ねたのは現実逃避だ。

見慣れたものに触れて、気を落ち着けたかった。


「まぁ、あるといえばあるよ。庭と言うよりは……いや、まあ見てもらった方が早いね。来てくれるかな」


リカルドさんに案内され、私は外へと出る。

彼が指さしたのは、来るときに見かけた広大な草地だ。


その端では彼の部下らしき男性たちが、鍬を持ち、土を掘り返している。


「庭というより、草原だけどね。一応、本土からの食糧供給が途絶えたときのために、どうにか畑にしようとしているんだけど。

どういうわけか、草が次々に生えて、整備がままならないんだ。今掘っているあたりも、数日したらまた元通りになる。

こんな状態じゃ、僕が一人加わったって同じかもしれないな」


リカルドさんは、そう言ったのちに苦笑する。


……が、私はといえば、違った。

思わずその場にしゃがみ、生えていた雑草をつまみ上げる。


「たぶん、根っこから抜いていないからですよ」

「え?」


「これ、スゲ草と言って、抜くときに根っこがかなり千切れやすいんです。それに少しの栄養でどんどんと成長するので、次々に伸びる厄介者です。しかも葉の部分は燃やすと毒性もあるから、肥料にもなりません」

「……やたらと詳しいね。そう言えば、ここに来る前は王城で庭師をしていたんだったね」

「はい! 興味もありましたから。それに魔法スキルは【庭いじり】です!」


私は高らかにそう言うが、まったく一般的なスキルではないのを失念していた。


リカルドさんも口にこそ出さないが、顔には「なにそれ?」と書いてある。


まあ、これは言うより見てもらった方が早い。

私は手袋をはめたのち、スキル【庭いじり】を発動して、近場の草を一つ掴むと地面から引き抜く。


すると、どうだ。

地面から、長すぎるうえに数のやたら多いひげ根が現れる。


「と、今みたいに、完全に根っこから引き抜けるんです! 他にも、植物の特徴や状態がなんとなく把握できますよ」


自分の得意分野の話だ。

うっかり興奮した私は、しゃがんだ姿勢のまま上を見上げて、少し早口でそう説明をする。



それに対してリカルドさんはといえば、反応がない。

ただ目を見開いて、こちらを見下ろしている。


あー……あまりに地味で平凡なスキルに呆れられたのかも?

そういえば、このスキルが発現した15の時。両親に報告をした際も、こんなふうに戸惑われたっけ。


私がそんな過去を思いだしていたら、リカルドさんがついに口を開いた。


「……すごい。これだ、これだよ、マーガレットくん」

「え、なにですか、これって」

「本当に君が来てくれてよかった。最高のスキルじゃないか、【庭いじり】!」


リカルドさんは私に視線を合わせるためにしゃがみ、嬉しそうに私の肩を一つ叩く。

今度は私が唖然とする番だった。



……生まれてこの方、ほとんど初めて、この謎のスキルを絶賛された。






さっそく加筆分です……!

より楽しく読めるように書いていきますので、引き続きよろしくお願いいたします。


たかた

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焼き捨てられた元王妃は、隣国王子に拾われて、幸せ薬師ライフを送る〜母国が崩壊? どうぞご勝手に。〜

― 新着の感想 ―
[一言] 根っこを軽々と千切らずに全て抜ける…だと… 畑仕事経験者としては非常に羨ましいスキルだわ…
[良い点] >生まれてこの方、ほとんど初めて、この謎のスキルを絶賛された。 うーん、そうだったか。 よかったねぇ
[一言] 「――それから数日。私はもう島に流されていた」 王都から港に行き、そこから島を考えると、王都からそれ程離れていないのでしょうね。
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