19話 【side:王城】ヴィオラ王女は、親友・マーガレットのために
エスト島へと送られた役人が王都に持ち帰ったエスト島の状況報告は、たいそうな驚きをもって、王城へと伝えられていた。
その話は、もはや女官らの間のみにとどまらない。
政務を担当している貴族らの間でも、大きな話題となる。
議題の中心として、あげられるほどであった。
「本当に、エスト島の開発が進むだなんて考えもしなかったよ。
これまでの歴史を見ても、あの島は不毛の地。流刑ついでに、なににもならない仕事をさせて、反省をうながすだけの場所でしかなかったはずだが……」
「にわかには信じがたいですね。ただ、もし事実だとすれば、この国を変えるきっかけになる可能性も秘めていますよ、あの島は。
面積もそれなりに広いですし、未知の動植物、魔物が生息している可能性も考えられます。我が国がより発展する契機になるやもしれません」
はじめは、エスト島が秘める可能性について盛んに意見がかわされる。
やがてそれはその開拓の先頭に立つ人物へと話が移った。
「しかし、マーガレット・モーアという元女官はかなりの才能があったらしいですね。今や荒れ放題になっている王城の庭を一人で整備し、島ではトレントの群れを飼いならすなんて」
「あぁ、まったくだ。しかも、再調査をしたところ、彼女は真面目に働いていただけだ、との証言も女官らから出てきている。
ステラ公爵家のベリンダ令嬢が嘘の罪を被せた説が高そうだね」
「ふむ。その才能をどう生かすか、改めて検討した方がいいのではないか。あれほどの逸材、そうそう見つかるまい」
島に留めおくか、それとも王城の庭を整備させるために連れ戻すか。
本人の意思を抜きに議論がかわされる中、その会議が行われていた部屋の扉が開け放たれる。
「少し、よろしいでしょうか、みなさま」
割って入ったのは、王女・ヴィオラだ。
その予定になかった登場に、貴族らがざわつく。
注目を一身に受けて、彼女が取り出したのは紙束だ。それを連れてきていた女官に配らせて、彼女は堂々と言う。
「マーガレットの処遇についてですが、そのままエスト島に留まってもらう方がよいかと考えております」
続けて、そのメリットを列挙していった。
「マーガレットの才能は、今花開いています。彼女をこの王城にただの女官として閉じ込めておくのは、人材活用の観点から見てももったいない。より領地を豊かにするためにも彼女には――」
と、表面上は、国益や将来へ開発投資だと訴えるが、しかし。
本心はといえば、違う。
立場は違えど、親友であるマーガレットが物のように国に利用されるのが許せなかったのだ。
追放処分を受けたと思ったら、今度は帰ってこいなんて言うのは、あまりにも酷だ。
そうして彼女が自分のしたいこともできないような状況になるのが、許せなかった。
ヴィオラ王女はいっさい詰まることなく、自分の意見を述べ終える。
「……ですが、王城の庭はどうするのです? このままでは、いつか王城が呑み込まれる事態にもなりかねません。やはり彼女しか――」
この質問が出てくるのは、想定内であった。
むしろ、あえて触れないことで言わせるように仕向けた。
「心配いりませんよ、そこは」
「どうしてです……?」
「それであれば、私がどうにかしてみせましょう」
ヴィオラ王女は、自信をもって口にする。
なにも口から出まかせではない。
マーガレットから手紙を受け取っていた彼女は、対応方法を心得ていたのだ。
♢
そして、その日。
ヴィオラ王女は実際に、王城の庭へと自ら足を運んだ。
その目前では、我を失ったオルテンシアが暴れている。
危険極まりない状況だ。
だがヴィオラ王女は、公爵令嬢・ベリンダとは違い、兵士を連れてきたりはしなかった。
持つのはあくまで、じょうろのみだ。
「お、王女様……!? そのようなことは私たち女官の務めですから、そこまでされなくとも!」
まったくの丸腰で近づいていこうとするから、女官らは引け腰になりながらも、それを引き留める。
が、しかし。
ヴィオラ王女の方は、あくまで毅然としていた。
背を張り、きっぱりと言い返す。
「そのような意識で世話をしたつもりになっているからいけないのですよ、あなた方」
「……え?」
「植物魔も、植物も人間と同じく生きております。きちんと愛情をもって、向き合わなければならない。それを放棄してしまったから、このような結果を招いた……違いますか」
女官らから、返事はなかった。
が、それは肯定を意味していた。
「で、ですが、暴れているオルテンシアに近づくのは危ないのでは……。おやめいただいたほうが」
「心配いりませんよ。この水を注げば、落ち着きを取り戻します。そのうえで、丁寧に世話をするのです」
きっぱりと言ってみせるが、マーガレットの受け売りだ。
これまで、自ら直接世話をしたことがあったわけじゃない。
だが、マーガレットがいかに彼ら植物を大事にしていたかはよく知っていた。
そして、植物魔の方も、彼女にはよく懐いていた……ような気がする。
水をやっていたり、剪定のためにはさみを入れられていた時などは、嬉しそうに葉の上で水をはねさせていた。
その光景を思い出せば、まったく怖くはなかった。
ヴィオラ王女はゆっくりとオルテンシアの元へと近づく。
すると、どうだ、オルテンシアはそれまで至るところに巻き付けて硬直した状態になっていたいたツルを、少しだけ緩める。
「かわいい子ね」
ヴィオラ王女は、根が植わっている花壇まで行き、じょうろの中に入れていた特製の水を優しくかけた。
もちろんマーガレット特製・レリーフ草の粉を溶かした水が入っている。
しばらくすると、さっそく効果が出て、オルテンシアは長い時間落ち着きを取り戻していった。
そうなれば、サイズは普通の樹木と変わらない。
その光景を見て唖然とする女官たちに、ヴィオラ王女は告げる。
「ほら、怖くないでしょう? これからはしばらく、私が世話をするわ。いいでしょう?」
これまで、マーガレット以外の誰もが失敗してきたものを、あっさりと成功させたのだ。
異論など出るわけもなかった。
その後、害虫駆除も率先して行ったヴィオラ王女は、翌日からも植物魔たちの世話を自ら行う。公務で忙しい合間を縫って、通い詰めて世話を焼く。
その愛情が実ったのだろう。
数日後にはオルテンシアたちの暴走は完全に収まり、害虫の消えた花壇には少しずつ花々の輝きが取り戻された。
この功績により、元女官であるマーガレットを王城に連れ戻さんとする声は消えることとなる。
ヴィオラ王女はこうして、親友を守ることに成功したのであった。
――が、そんな美談の裏側でそれを憎らしく思う者もいた。
公爵令嬢である、ベリンダだ。
次はベリンsideになります。
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