107話 何度でもよみがえる。
その凛とした立ち姿は、見間違うわけもない。
彼は涼しい顔で剣をしまいながら、こちらに近づいてきて、一つ息を吐く。
さも当たり前かのような雰囲気を醸し出しているが、おかしい。
彼はここにいるはずがないのだ。
「な、なんでここに? 魔毒におかされていたはずじゃ……」
「あぁ、それか。魔毒は克服することができるだろう? どうも、それに成功したみたいなんだ」
たしかにそういう例があることは知っていた。
だが、克服するには多量の魔力をコントロールしきるだけの精神力も必要となる。
そう簡単なことではないはずなのだけれど、彼はいつもどおりに軽く笑う。
「とにかく今は、前よりかなり魔法の出力も上がった。だから君たちのあとを追って、ここまで来た」
「……私たちがここに来たって、なんで分かって」
「あぁ、それはね。羽のついた小さな子がミニちゃんとともに僕のところまでやってきて、教えてくれたんだよ。言葉は分からなかったけど、案内してくれてね」
間違いなく、あのおしゃべりな精霊さんだ。
彼女やミニちゃんが、リカルドさんをここに向かわせてくれたらしい。
そのおかげで、こうしてぎりぎりのところで助けられた。
戦っていたのは、私とギンだけじゃなかったようだ。
「……くっそ、リカルド。お前、いいところだけ持っていきやがって。俺の格好つかねぇじゃねぇかよ」
ギンは変化を解いて、頭をかきながら不満そうに言う。
「はは、そう怒らないでくれよ、ギンくん」
「別に、怒っちゃねーよ。むしろ助けられたくらいだ。……その、ありがとうな」
「今日はやけに素直だね。どういたしまして」
「お前って、どこまでもそんな感じなんだな。うらやましいぜ」
「えっと、どういうことだい?」
「爽やかすぎるんだよ、なんかこうオーラとかさぁ」
二人のやりとりを、私は微笑ましく見守る。
その途中、背後からなにやら声が聞こえて、私はふと思い出し、後ろを振り向いた。
するとそこには、一匹の黒いオーラを纏った精霊さんが、ふわふわと宙に浮かび上がっている。
彼女の周囲を覆っていた雨雲はすでに消えていた。
その見た目はおおむね、あのおしゃべりな精霊さんにそっくりだ。その毛が跳ね上がっているあたりが少しだけ異なるが、大きさなどはほとんど変わらない。
私はそっと、その身体に手を触れる。と、その黒いオーラは一気に反転して、白いものへと変わっていった。
すると、それと同時に、光の輪のようなものが森の中へと広がっていった。
天井を覆っていた黒い壁もそれに合わせるようにして、薄れていき……、そして消えた。
あれだけ苦しめられたのに、なくなるときはなんともあっけない。
私は、ほっと一つ息をつく。
長い戦いだったけれど、これでようやく収まってくれた。そう安堵していたら、手のひらの上でその精霊さんは小さく呟く。
『……あれだけ来ないように言ったのに。あなたはなぜ、私に触れたのですか。危険であることは分かっていたでしょう』
「たしかに、そうだね」
『じゃあ、なぜ――』
「あなたは、前にマウロさんが遭難したとき、私を導いてくれたでしょう? だから、今度は私が助けたいって、そう思ったから……かな?」
なにが面白かったのか、私の答えに精霊さんは軽く笑ったのち、手のひらの上から飛び上がる。
それからふわりと軽快に動いて、私の顔の前まで移動した。
『とんだお人よしですね。私たちがあなたを見守っていたのは、危険な可能性があるからですよ。あのとき、あなたを助けたのはただの気まぐれです』
「き、危険?」
『はい。あなたのスキル【開墾】は、ただ植物にかかわるだけの知識ではない。天気をも変えるように、環境そのものを変えてしまえるスキル。もし使い方を一歩間違えたら、この森を壊しかねない力です』
森を壊す。考えてもみなかった言葉に、私は一つ唾をのむ。
たしかに、考えてもみれば、スキルが【庭いじり】だったころには考えもしなかったような様々なことが、【開墾】ではできるようになっている。
今日だって、もし天候を変な方向に変えてしまっていたら、私が森を壊していた可能性もあったのかもしれない。
そんなふうに私が考えたところで、
『ですが、あなたなら、その力をこの森とともに発展するために使える。そう確信いたしました』
精霊さんはこう言葉を続けてくれた。
精霊の言葉だからかもしれない。その言葉で、胸の奥に浮かびはじめていた不安は、すーっと薄れていく。
『お姉、まじめすぎ~』
そこへ現れたのは、あのお喋りな精霊さんだ。
『間違ったことは言ってないでしょう?』
『そうだね、マーガレットさんなら、まず間違いないと思うよ。あなたのような人がいれば、この森は何度でもよみがえる! ありがとうございました、マーガレットさん』
そこへ、あのお喋りな精霊さんが上から現れて、さらにこう付け加えた。
『本当にありがとうございました』
そして姉妹二人揃って、こう礼を述べた。
「私だけじゃないよ。二人の力があったからうまくいったの」
私がこうリカルドさんとギンのほうを見れば、姉妹は順々に、お礼を述べていく。
それから仲良く揃って、どこかへと去っていった。