104話 いざ壁の奥へ再挑戦!
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その精霊さんは、とてもよく喋る子だった。
『姉は、わたしと同じく、大木が精霊となった存在です。数週間前までは、異常な瘴気を解決しようと、一緒に活動していたのですが……姉の本体である木が瘴気に飲み込まれてしまい、その際にあの黒い壁ができてしまいました。そこで、わたしは姉を救おうと中に入ろうとしたのですが、瘴気の勢いは予想以上でした。その際に大半の力を失ってしまって』
と、息つく暇もなく長尺で喋ったあと、
『このままでは、わたしも飲み込まれてしまいかねない状況でした。だから、こうして本体の木に戻らざるをえなくなっておりました。ずっと、マーガレット様に呼びかけていたのですが、力がなくなると声も届かなくなる。どうしたものかと手をこまねいていたとき、あなたがたが現れてくれたのです! あぁ、天はわたしを見放してなかったのね! ありがとう神様』
さらにどんどん話を続け、最終的には一人で会話を完了してしまう。
正直ついていけないペースではあったが、序盤に大事なことを言っていた気がするから、私は改めて確認する。
「……えっと、じゃああなたのお姉ちゃんが、この壁の原因ってことで間違いない?」
『あ、はい、おそらく。本来、精霊は瘴気に対抗する力を持っています。ですが、瘴気に飲まれてしまえば、その力が逆に働いてしまい、今回のような現象を引き起こします』
「そんなの、どうすればいいの?」
『壁の中に入り、その精霊の望みをかなえてやれれば、元に戻るとされています』
「……望み」
『はい、わたしの姉の望みです。それがなにかは、私にも分かりかねますが』
かなり抽象的な話だ。
その望みとは、なんなのだろうか。私が思案していると、
『わたしはまだ大きさで言えば、このトレントよりも小さいくらいで、森の中でも若い木々でした。あぁ、懐かしいなぁ。あの頃は、本当によかったんですよ。このあたりは、今よりもう少し涼しくて――』
精霊さんは嬉し気に次々と喋る。
……そして、その話は放っていたら、どんどんと脇にそれていく。
それだけなら、まだいいのだけれど、ギンにはそれが聞こえないのだから困った。
「なに言ってるんだ、こいつ」
「えっと、とりあえずこの子のお姉さんの願いを叶えてあげられれば、瘴気の壁は壊れるってことみたい」
私は話を要点だけまとめて、それをギンに伝える。
『もう一回、伝えなおしてください。わたしが若いときの話もしていただかないと!』
が、そのそばから、こんなふうに突っ込みを入れられてしまった。精霊さんは私の正面に回り込んで、鼻先を突っついてくるのだから、こそばゆいったらない。
『マーガレットさん、大変そうだね……』
それを見ていたミニちゃんからは、こう同情される。
『今、トレントはなんと言いましたか? 教えてくださいな』
ちなみにミニちゃんと少女は、魔物と精霊という正反対の存在であるからか、お互いの声が聞こえていないらしい。
うん、もうわけがわからない……。分かるのは、ただ一つ。全員の言い分を理解出来ているのは、私だけだということだ。
だから私はひたすら、聞いてはそのまま伝えるのを繰り返す。
そんなうちに、目的の壁はすぐそこまで来ていた。
そこで私たちはミニちゃんから降り、壁のすぐそばまで寄っていく。
ギンの尻尾はぴんと強く張っていた。
やはりウルフヒューマンにとって、瘴気の影響はかなり強いらしい。
「ギン、大丈夫? 飴舐める?」
「……そうだな。一応、もらっとく」
最近はかなりコントロールが効いてきたこともある。八割程度に抑えれば問題ないだろう。
そう考えた私が飴を差し出すと、ギンはそれをすぐに口へと入れる。それから、あたりに鋭い眼光を向けた。
「しかし、ここ。魔物の匂いがうじゃうじゃするぜ。気をつけろよ」
そうだ、ここで同じ轍を踏むわけにはいかない。
私も周りに気を配っていると、この間と同じく、黒壁の奥から拒絶されるような感覚になる。
『あなたにも聞こえていますか』
「うん。これは、あなたのお姉ちゃんのものよね?」
『はい。ですが、これはきっと本心ではありません。きっと彼女は救いを求めているはずです』
彼女はそう言うと、黒壁にそっと触れる。
すると、その身体はたちまち強い光を放ちはじめた。
その小さな身体から魔力が次々にあふれていく。
それに反応するように、瘴気の壁は徐々に薄くなっていった。
ここまでであれば、浄化聖水でも同じような現象が起きていたが、そこはさすが精霊の力というべきだろう。
やがて壁は薄くなり、最後には一部分だけとはいえ、人が一人通り抜けるには十分な大きさの穴が開いていた。
これにはギンも「やるじゃねぇか」と唸っていた。
「ありがとうね、精霊さん」
『いえ、わたしはここから先に入ることはできませんから。お手伝いできず、お任せしてしまう形となり、申し訳ありません。どうか、姉のことを、お願いいたします』
「うん、任せてよ。なんとかしてくるから」
引き続きよろしくお願いいたします!