102話 跳んで!
「ま、まじかよ。つーか、どう見たって届かないと思うんだけど……。跳んだって、真っ逆さまに落ちるぞ」
「そこはちゃんと考えてる。一個、秘策があるの」
私はギンにそう言うと、オーバーオールのポケットに忍ばせていたポーション瓶をいくつか取り出して、ミニちゃんの枝上に置く。
そこに入っているのは、中間地点の草抜きをしているときに、ナイア木の実とともに見つけたバネバネ草だ。ちゃんと土と一緒に詰めており、定期的に水も与えていたから、その葉は青々としている。
「それ、なんの草だよ? つーか、そんなものまで持ち歩いてんのか……」
「たくさんポケットがあるからね。これは、上から強い力を加えたら、その力を跳ね返してくれる植物なの。つまり、この葉っぱを踏みつけて飛べば……」
「届く……ってことかよ。無茶なこと言ってる自覚あるか? 跳びすぎたら跳びすぎたでおちるんだからな」
ギンが言うのに、私は一つ首を縦に振る。
「うん、承知のうえ。でも、やってみたい。魔力量は私が飴で加減する! 信じてくれるなら、力を貸してほしい」
私はまっすぐにギンの目を見て頼み込む。
ギンはそれに対して、溜息を一つついたのち、しゅるりとその姿を獣のそれに変えてくれた。
「ありがとうね、ギン」
「礼言われるようなことじゃねぇよ。助けるって言った手前だからな。ほら、それ貸せよ。踏んでいいんだよな」
「うん。かなり固い葉っぱだから、踏んだぐらいじゃ千切れたりしないから」
私はそう言いながら、バネバネ草をミニちゃんの枝上に展開する。
ギンはそこに後ろ足を乗せると、前足を折り、態勢を低くかがめた。
私はその上に乗せてもらってから、改めて枝までの距離を見計らう。
ちょうどあの枝に前足を乗せて、捕まれるくらいの魔力量。口で言うのは簡単でも、その加減はかなり難しい。
ギンの跳べる距離も、バネバネ草の反発力も計算しなくてはならない。
だが、だてに特訓の日々を送っていたわけじゃない。私はすぐに、だいたい八割程度の力に抑えられる飴を取り出して、彼の口に含ませた。
ギンがそれをがりがりと噛み砕いて食べたのち、
「ミニちゃん、強めに支えてもらってもいいかな」
私はミニちゃんにもこう声をかける。
すると、他の枝が下からいくつも伸びてきて、足場がよりしっかりと固まった。
『マーガレットさん、長くはもたないかも』
ならば、迷っている時間はない。
私は風がやむのを待ってから、「跳んで!」とギンに言う。
ギンはそれに応えて、勢いよくミニちゃんの枝とその上に乗せたバネバネ草の踏み台を蹴り、空中へと飛び出した。
ふわりと空を飛んだような感覚になったのは一瞬だ。
次の瞬間にはもう、ギンの前足は大木の枝を捕まえていた。
彼はそこで綺麗に横へとターンを決めて、しっかり後ろ足も枝の上に乗せる。
誰がどう見ても、大成功だった。
私は慎重にギンの上から枝へと降りる。
すぐに彼のほうを向いて、両手を広げた。
「なんだよ、それ」
「手を叩きあって、うまくいったことを祝うんだよ! もう完ぺきだったね、ギン!」
「……なんだ、それ。やっぱ変だな、人間って」
ギンはそう言いながらも、こちらへと手を向けてくれる。
ただ勝手が分かっていないようだったので、私のほうからぱちんと手を叩いた。
「……やっぱ、わかんねぇ。これのどこが祝いだ?」
「いいから、いいから。まだ、たどり着いたわけじゃないから、仮のお祝いだけどね」
「じゃあ後回しでよかったろ、これ」
「はいはい、愚痴はそこまで! とにかく行くよー」
ここまで来て、落ちて終わりというわけにはいかない。
私とギンは慎重その実のもとへと近づき、いよいよ手に届く位置までやってくる。
「……すごいな、これ」
「うん。銀色の実、なのかな? はじめて見たよ」
植物については人より詳しいつもりでも、こんな色をした実は見たことも聞いたこともない。
いったいなんの実なのだろう。
疑問に思いながらも手を伸ばして触れてみると、その指先から魔力がどんどんと吸い取られていく。
なにかと思っていると、その実は輝きを保ったまま、空中へと浮かび上がった。
「え」
私は目を丸くして、その実を見つめる。
すると、それはふわりと女の子の形へと変化した。
ただし、その大きさは手のひらに乗るサイズで、背中には四枚の羽までついている。
『おかげで動けるようになりました。あなたがくるのを待っておりましたよ』
しかも、喋ることまでできるらしい。