7話 東京闘気師育成寮②
…そして俺は寮の扉を開けた。
中は静寂に包まれていて、秀樹を歓迎するような気配は一切なく。無音という時が流れていた。
「あの、すみませーん」
秀樹は声を響かせる。誰もいない寮内には秀樹の声が響き渡り、奥へ奥へと声は流れて行く。
誰もいないのか…?いやそんなはずは…真綾さんが連絡してくれているはず…。
秀樹は疑問を浮かべ、とりあえずその場に靴を置く。そうして歩を進め始めた。一歩一歩、歩むたび不安が膨らんでいく。流れる景色は変わらず、不変であった。
「あの、すみません。飯島秀樹です」
秀樹はもう一つ、声を出す。先程のように、声は響き渡る。誰もいないのでは…と頭を擡げた秀樹は寮内を隈なく探索しようと決意するが…。
「お前が飯島秀樹か」
背後から何者かの声が聞こえた。人の声、という存在に飢えていた秀樹はすぐさま振り向き、声の正体を辿った。
その目が映し出した姿は、六十代後半…またはそれ以上かと思われる老人であった。
「あなた…は?」
そう…秀樹が問う。
「俺は東京闘気師公安本部所属、特等一級の榊原紫翠だ」
「とっ…特等…一級…?!」
闘気師の階級は大きく分けて六つある。最底辺の五等、そして四等、三等、二等、一等、そして最長点に位置する特等。しかも五段階で評価される段位の一番…一級。とんでもない人物であることには変わりない。
「まあ自己紹介はその程度で十分だろう。飯島秀樹…お前は今日から俺の指導下に置くことになった」
「そう…なんですか」
この人の元で…指導。絶対に強くなれる…確信できる。この人の眼、雰囲気、全てで察する。
「お前は俺が受け持つ班…榊原班の一員だ。他に五人いる。お前が一人前の闘気師になるまで育て上げてやる」
「あ…ありがとうございます!」
「礼はいらん。早速だがお前の闘気術はなんだ」
と、闘気術…?俺の…?えそんなの知らない…んだけど。
突然の問い掛け、そしてその内容に困惑する秀樹。
「お前は闘気に目覚めている。なら…同時に闘気術にも目覚めているはずだ。闘気を使えるようになれば、闘気術にも目覚める。簡単なことだ」
「闘気に目覚めてって…俺、一回も闘気なんて使ったことないですよ?」
秀樹はあの夜、あの邪物に対して放った拳に闘気が込められていたことに気づいていない。そのため、闘気を使った実感がない。
「闘気に目覚めたものは闘気をその体に纏う。お前はすでに闘気を纏っている」
「め、目覚めていたとしても…闘気術は…ほんとに知りません」
「そんなわけがない。闘気に目覚めれば闘気術をまるで呼吸をするかのように使用する。闘気術を知らないなんてことは絶対にありえない」
そんなこと言われてもなぁ…。ほんとに知らないし。呼吸するように使用するって、そんな感覚ないぞ?
「まさか…ほんとに分からないのか?自分の闘気術を」
「は、はい」
「…ちょっと来い」
焦っているかのような表情をした榊原さんは俺の腕をグッと掴み、どこかへ連れていこうとする。
「あの…どこへ?」
「俺の教え子に任意の相手の術を判明させる闘気術を扱う奴がいる。そいつにお前を見てもらう」
「な、なるほど…」
榊原の行動に理解を示した秀樹は、素直に連れられその教え子の元へ向かった。三分程歩くと…薄々と声が聞こえてきた。それも大勢の。
その正体は訓練場と記されている大部屋から溢れる半人前の闘気師達の声であった。学校の体育館を連想させるその場所には、大勢の闘気師がいた。
榊原は足を止めず…ある人物の元へと辿り着くとその足を止めた。
「おい珠那。頼みがある」
珠那…と呼ばれる女は、こちらへと目を向けた。女は綺麗に流れる白髪の髪をふるわせ、椅子に座っていた腰をあげ立ち上がった。青い瞳。華奢な体型。闘気師のイメージとは大きく離れた一人の少女がそこに存在していた。
「榊原先生。あ、さっき言ってた新しいお仲間さんってその人ですか?」
「そうだ。飯島、軽く自己紹介してやれ」
榊原は視線を秀樹に移し、自己紹介を要請する。言われるがまま秀樹は…
「えっと…こんにちは。飯島秀樹です…よろしくお願いします」
「タメ口でいいよ、仲間なんだし。しかも同い年くらいかな?私十七!」
「え、俺も十七!」
まさか…同い年だなんて。全然年下だと思ってた。下手すれば中一でも通用するぞ。
「よろしくね秀樹」
珠那はそう言って秀樹に握手を求める手を出す。
秀樹はその手を取り、珠那と握手をするのであった。