3話 闘気師の才能
命の危機、果たして。
「死ねぃ!スパイラルスラッシュッ!」
邪物からは白濁色の刃が飛ばされた。
俺はゆっくりと瞼を閉じ、己の死を覚悟した。意外にも恐怖はなかった。縁とお母さんの所へ行けるのだから。もしかしたら、父さんも…いるかもな。
邪物の邪気術、スパイラルスラッシュの刃が秀樹に届こうとするその瞬間。
「え…だ、誰…」
"誰か"が、スパイラルスラッシュの刃を手で弾き返した。
「ば、馬鹿な!俺様のスパイラルスラッシュを、て、手で?!」
俺の目の前にいたのは、四十代くらいと思われる中年の男だった。
「怪我はないか。君」
後ろを振り向いた男は、そう俺に問う。
「めっっちゃくちゃ怪我してますよ」
見ればわかるだろう。腕折れてんだぞ俺。しかもいやでも気づくぐらいに。なんなら曲がっている。
「ははっ。口が聞けるなら上出来だ」
そう言うと男は邪物の方へと歩き出した。
「お前の邪気術、スパイラルスラッシュといったか、あまり脅威ではないな」
「な、なんだと貴様ァァァァァァ」
すげぇ…あの化け物を煽りやがった。何者なんだこの男。
「調子に乗るなよこの蜘蛛の巣に引っかかっている虫みてぇな糞虫が!」
邪物はスパイラルスラッシュを今一度放とうとしていた。しかも、先程とは段違いの大きさだ。
「ほう…さっきのは本気ではなかったか。だが…」
中年の男は構えた。隙があるようでない。そんな構えをとった。
「スパイラルスラッシュッ!」
刃は騒音を撒き散らしながら地を削り、男へと向かっていった。
「うるさい技だ。とてもうるさい」
その言葉をその場に残し、男は一瞬にして姿を消した。そしてそこには男も、刃もなかった。
俺は目を大きく見開いた。視線の先には、男と、胴に風穴があいた邪物が立っていた。
「ば…馬鹿な…あの一瞬で…」
「消えろ害虫。お前には闘気術を使うまでもない」
遠くで声が聞こえる。だが何を言っているかはよく聞こえない。視界がぼやける。
足音が近づいてきた。たぶん、あの男の人だろう。あの邪物を倒したのか…。
「今から君を東京闘気師公安本部医療課に連れて行く。相当な怪我だからな」
俺はうめき声に似たような声で会釈した。そうして俺は男に手を差し出され、その手を取った。正直身体中痛いので手を取るだけでさえ激痛が走った。
「あ、あれ…?邪物の死体って…」
「大丈夫だ。本部の処理課に連絡を…なに?」
そこにあったはずの邪物の死体が消えていた。俺と男は動揺を隠せなかった。その瞬間、空から邪物が降ってきた。男は口を大きく開け…
「や、やばいッ!」
邪物は男に向かって腕を振り下ろし、それを受けた男は数メートル先まで吹っ飛ばされる。男は転がり壁に激突する。
「くそ…油断した」
男は血を吐きながらも立ち上がった。
「ふぅ…ふぅ…闘気師め…どうせ死ぬなら、人間を一匹消してから死ぬぜぇぇぇぇ!」
今度は俺に向けて拳を振り下ろした。
「や、やめろぉぉぉ!」
中年の男はそう叫びながら走る。だが明らかに拳が秀樹に到達するには間に合わない。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇ!」
死ぬかもしれないのに、心は妙に落ち着いていた。俺は邪物の攻撃を避け、それと同時に拳を作った。脳裏には縁と母が浮かんだ。なぜだろうな。
俺の拳は邪物の顎に命中した。命中したと同時に、邪物は宙に浮く。右手の拳には硬い感触があった。
「ばッ…ばかなぁぁぁぁぁぁぁ」
邪物は雄叫びをあげながら地へと叩きつけられた。そうすると邪物は首を曲げ、絶命した。
「いったいな…」
俺はそう言いながら右手を振り払い、その時の俺は笑みを浮かべていた。なんたって家族を殺したヤツに一撃を加えることに成功したのだから。
やった…ぁ…。
秀樹はその場に倒れ込んでしまった。無理もない。相当な痛みが続いていたのだから。倒れた秀樹にを前に男が立ち止まった。
「なんなんだこの青年は…闘気の訓練も受けていないのに闘気を使って邪物を打ち負かした…一体何者なんだ…」
一般人が邪物を倒すことは稀にあるケースだが、それは闘気の訓練を過去に受けた者だけである。今回の件は異常だ。なんの訓練も受けていない青年が邪物を倒すなど…この青年は…闘気師の才能があるッ!
そう確信した男は、秀樹を担ぎ、足を動かし始めるのであった。
ご視聴ありがとうございました!秀樹は一体何者…?!