2話 邪気術(じゃきじゅつ)
そこにいたのは邪物。
「食い放題だなァ」
邪物はそう言うと、一歩一歩距離を詰めてきた。逃げたい、逃げ出したい。そう思っているのに俺の体は動かなかった。まるで重い鉛を課せられてるかのように。
「可愛かったなァ、お前の妹はぁ。死ぬ寸前にまでお兄お兄って叫んでやがったぞ」
笑い口調で邪物が発言する。正直驚いた。こんな軽率な発言で、、、
俺の怒りが有頂天になるなんて。
「うおぉっ!!!」
重い体は嘘のように持ち上がり、気づけば硬く握った拳を邪物に突き出していた。渾身の一撃、全ての悲しみ、怒りをこの拳にかけた。だが。
「ん〜?なんだぁ?俺の腹に用か?」
見上げれば、そこには満面の笑みの邪物の顔があった。
(嘘だろ…?効いてないのか?本気で殴ったぞ)
その瞬間、俺の腹に凄まじい痛みが走った。体は宙に浮き、瞬く間に家の壁を突き破って外は放り出された。
「かッ…かはッ…!」
うまく息ができない。視界が波のように揺れる。
「この俺様の腹を殴ったんだ。テメェも腹を殴られるのが当たり前だよなぁ?」
遠くから声がする。その声に怯え立とうとするも、立ち上がれない。その場に俺は倒れ込んでしまった。朦朧とする意識のなか、中二の妹、縁が目の前に現れた。
「え、縁…どうして…」
「お兄…」
これは現実ではない。俺の脳が作り出している幻だ。それなのに…それなのに。どうしてこんなにも愛おしいんだ。悲しいんだ。
「お兄…ごめんね」
ごめんね?それはこっちのセリフだ。お母さんと縁が殺されているのにもかかわらず、俺はその場にいてもやれなかった。一緒に死ぬことすらもできなかった。そんな俺にごめんね…?縁、そりゃあねぇよ。
「縁、えにッ…う"ッ…」
「お兄は…こっちに来ちゃダメだからね」
縁はそう微笑み、俺を押した。弱いのに、とても強いと感じるその力は、俺の意識を現実へと帰らせる。目を開けると、拳を振り下ろそうとする邪物の姿がそこにはあった。
「ッ!」
轟音とともに、地面のコンクリートが粉々になる。
「んあ?んだよかわしたか」
あの拳にあたっていたら、どうなっていただろう。俺の腹を殴った時よりも数段強いあの拳で殴られていたら。だが、そんなことはどうだっていい。
「お前は絶対に許さない」
今まで生きてきたなかで、最も強い憎悪が俺を支配していた。
「はははッ!なにを言うと思えば!許さないだと?お前みたいな雑魚でカスに許されなくたってなんとも思わねぇーよ!」
授業で何回も習った。闘気は生命エネルギーから練られ、そして闘気の解放方法は何個かあると。そのうちの一つが激しい怒りによるもの。…今の俺なら、闘気を使えるかもしれない。
「うおおおッ!」
俺は走り出した。身体中に熱が伝わる。これが闘気の表れなのだろうか。死んでもコイツは殺す。その思いを抱いて俺は足を動かす。そして、邪物が寸前の距離までになると俺は地を蹴り、飛び上がる。拳を作り上げ邪物に一撃を叩き込もうとする。しかしその一撃はヤツには当たらなかった。
「う"ッ!」
邪物の丸太のような太い脚が俺を蹴った。直前でガードはできたものの、受け止めた左腕はメキメキという音とともに折れ曲がる。そのまま俺はまた吹っ飛ばされる。地面に叩きつけられ転がる俺は受け身を上手くとれず、右足が本来曲がらないであろう角度まで曲がった。鋭い痛みが右足を襲った。
「ぐッ…うぅ…」
その場で悶え込む俺は確信した。邪物には到底勝てないと。
「俺様に逆らおうとするからそうなるのだッ!身の程知らずめ!もういいお前は俺の邪気術をもってして殺すッ!」
邪気…術。たしか邪物が使う技のことだ。闘気師が使う闘気術のような。
「俺様の邪気術は<スパイラルスラッシュ>っていってなぁ、邪気を刃にして切り刻むッ!今からテメェを真っ二つにしてやらぁ!」
や…ばい。死…ぬ。ごめん。縁、お母さん。
「死ねぃ!スパイラルスラッシュッ!」
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