1話 平和な生活
少年の軌跡、それはどんな軌跡なのか。
200年前に突如として発現した「邪物」といわれる生命体に脅かされた人類。そんな人類は「闘気師」とよばれる戦士たちによって守られてきた。「闘気師」とは、生命エネルギーから練られる闘気を使って戦う者のことを指し、闘気は「邪物」が使う邪気とは表と裏の存在である。つまり邪気が陰のエネルギーとすれば闘気は陽のエネルギー。邪気には闘気でしか対抗することができない。この物語はそんな邪気と闘気が交わる世界を描いた物語である。
ー2425年ーとある都内の高等学校にて。
「おいおい秀樹!」
突然、教科書を整理している俺を誰かが呼びかける。
(ま、誰かは分かるけど。)
「ん?どした?」
俺は苦笑しながら振り向き、呼びかけに応答した。
「お前一年の明美ちゃんに告白されたってマジ?!」
(え、なんでこいつ知ってんだ…。このことは瀬戸村しか知らないはずだろ、とりあえず誤魔化して…みるか。)
「な、なんのこと…?」
「とぼけんなよッ!瀬戸村から聞いたぜ!」
「あ、あの野郎…余計なことを」
「なんで俺に言わなかったんだよ!」
「だってお前に言うと一週間はネチネチ行ってくるじゃんヨォ!」
「ったりめーだろ!羨ましいんだよ!このモテ男が!」
(ほらこうなるから嫌なんだよ…)
…と心の中でため息をついた。
「そんでよぉ、まさか振ったりはしてねぇだろうな?」
「………」
「ま、まさか振ったのか?」
「いや…あんな可愛い子俺にはもったいねぇって」
「くー!一度は言ってみたいぜそんなセリフ!」
このままでは埒があかない…と俺は話を変えようと…
「まあまあ、ほら昼休みなんだし弁当食おうぜ」
と提案する。すると始は意外にもその提案にあっさり乗っかり、ことなきを得た。そして俺と始は屋上にへと向かった。屋上は昼休み弁当を食うお決まりの場所となっているのだ。別クラスの瀬戸村、山岸と俺と始の。
屋上に着くと、そこには瀬戸村と山岸がすでにいた。
「よ〜四限目長引いたわ」
と挨拶代わりに俺は言った。
「悪りぃ先食っちまってた」
山岸がそう言ったのでよく見ると、二人はすでに弁当を食べ始めていた。抜けがけしやがって。
「ま〜いいだろう許してやるよ。」
俺と始は腰を下ろして地べたに座る。
「ところでよ」
…と山岸が唐揚げが口に入ったまま話し出す。
「三組の高橋が邪物に殺されたって聞いた?」
予想外の話題に俺と始は息を呑んだ。
「え、マジで言ってんのか?高橋が?」
あまりの驚きで俺は咄嗟に質問してしまった。
「マジマジ。職員室で盗み聞きしちまってよ。やべーよな。」
邪物が人を殺す。よくあることだと思っていたのに。身近な人間が殺されると実感が湧かない。湧いてこない。
結局その日一日中、ほとんどのことが頭に入ってこなかった。どんなことも、高橋の死よりは軽すぎたのだ。…学校のチャイムが鳴った。どうやらもう学校は終わりらしい。いつの間に。先生の話が終わるとずらずらとクラスメイトは帰りの支度を始めた。
「俺も帰んないと…」
俺は荷物をまとめ、始の方に向かった。
「じゃあな始。俺今日バイトあるから一人で帰るわ」
始はいつも通りの表情でこちらを見て会釈した。高橋のことは気にしてないのか?まあいいや。
学校を出て、外の空気を吸った。こんなに外の空気ってまずかったか?高橋の件でどんだけショック受けたんだろうな…俺。そう思いながら帰路につく。一回家に帰って荷物を下ろし、バイト先にいく。いつも通りのことなのに、今日はいつもと違う感覚だった。
前を見ると、気づけばもうそこは家だった。
「どんだけだよ…俺。」
自分のショックのあまりの大きさに微笑し、家のドアを開ける。
「あれ?お母さん帰ってきてんのか」
下を見ると、いつもは仕事でいないはずの母の靴が並べられてあった。俺は靴をぬいでリビングに向かう。
「ただいまー」
リビングのドアを開けると同時に俺はソファに座ってテレビを見てるであろう妹と母親に向けてそう言った。
「あら秀樹、早かったのね」
「おかえり!お兄」
俺の言葉に二人はそう返してくれた。
「お母さん今日仕事ないの?」
「今日は早上がりできたの」
なるほど、そういうことか。あ、高橋のことお母さんに言おうかな。いやでも高橋のこと知らないし、バイト帰ってきてからにするか。
「じゃ俺今日バイトあるから」
「あらそうなの。気をつけてね」
「ん」
一連の会話をすると二階にある自分の部屋に向かった。荷物をラッグにかけ、制服を脱ぎ私服に着替えようとした時…。
「お兄」
妹の縁が俺を呼んだ。普段縁が部屋まで来ることはないので多少驚いた。
「どした?縁」
「あのさ…明日買い物付き合ってくれない?」
「か、買い物?」
(なんでわざわざ俺を…?友達とかと行って来ればいいのに)
「友達とかと行って来ればいいじゃん」
思ったことをそのまま口にした。
「だめ?」
(な、なんだ…?縁らしくないな)
「別にいいけど、何買うんだ?」
「内緒。じゃ明日ね」
(内緒…と言われたら気になるのが人間だ。めちゃくちゃ気になる。ま、どうせ美容用品とかだろ。はやくバイトの準備しないと)
準備を終え、俺は玄関に向かった。すると階段の下には縁がいた。
「お、縁…」
「いってらっしゃいお兄」
「お、おう…いってきます」
いつもとは違う縁に困惑しながらも、俺は家を出てバイト先のファーストフード店に向かった。家から自転車で十分くらいで着くのでバイト先としては結構当たりだと勝手に思っている。店長も優しいし。普通に好きだ。店に着き、駐輪場に自転車をとめようとするとそこには先輩の早瀬さんが立っていた。
「あ、早瀬さんいたんですね、今日も頑張りましょう」
「うん。頑張ろう」
俺と早瀬さんはお互いニコッと微笑んで、俺はその場を後にし、店に入った。
「お疲れ様です店長」
「おお秀樹くん。悪いんだけどさ、今日シフト入ってた子が休んじゃって。ちょっと仕事手伝ってくれてもいいかな?もちろん、給料プラスしておくからさ」
給料プラス。その言葉に釣られた俺は速攻で…。
「はい!大丈夫です!」
…と店長に言った。
「さすが秀樹くん!ありがとう!」
(やっぱりいいな店長は。いい人オーラが溢れてるっていうか。仕事のやる気が出る)
そうして俺は、追加の仕事も難なくこなし、気づけば辺りが真っ暗になっていた。いつもは20時に帰れるのに、今日は22時になっていた。
「いや〜ごめんね秀樹くん。予想以上に遅くなっちゃって」
「大丈夫ですって!じゃ俺帰りますね!」
謝る店長をなだめて俺は自転車を漕ぎ始めた。お母さんには遅くなる旨を伝えているので俺は悠長に自転車を走らせた。
(夜の東京って綺麗だな〜)
自転車を漕ぐたび漕ぐたび移りゆく景色に感動しながら俺は家へと向かった。
家に着いたのは22時15分だった。いつもなら10分くらいで帰れるのに。随分と遅くなってしまった。
「あ、れ…?」
いつもならついているはずの家の電気がついていない。遅すぎて寝てしまったのだろうか。
自転車をとめ、俺は家の扉へと歩き出す。扉を開けると、玄関も真っ暗でよく見えなかった。
(マジでなんも見えね〜)
おそるおそる靴を脱ぎ、リビングのドアを開ける。電気をつけようと手の感覚のみでスイッチを探したその時。足でなにかを踏んだ。やわらかい、なにかを。
「ん?」
(なんだ…?これ)
なんの感触かわからず、一刻も早く電気をつけたくなった。手で壁を探り、ついに俺はスイッチに触れた。虫とかだったら嫌だなと思いながら電気をつける。
薄暗い、光が灯った。その瞬間。俺の目に飛び込んできた光景。
「あ…え、縁…」
そこには、"上半身だけ"の縁がいた。
「うっうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁ!」
声が枯れるほどの大声を上げた。自分の足につまづきその場にすっ転んでしまう。
「え、え、縁…あ、あぁ…!」
涙が溢れ出てきた。妹の変わり果てた姿による恐怖と絶望が涙によって溢れ出てきたのだ。
(な、なんだごれ…泥棒?泥棒か…?いや違う。上半身だけになってんだぞッ。これはもしかして…邪物)
携帯で東京闘気師公安部へ緊急の連絡をしようとして携帯をしまっているポケットに視線を移したその時。なにかと目が合った。
「あ"あッ!」
仰天し、スマホを放り投げてしまった。無理もない。そこには…。
「お"っ…お"母さん!」
"生首"だけの…母がいたのだから。
(お母さん…縁ッ。あっうっ…あ"っあ"ぁぁ)
俺はいわゆるパニック状態になり、なにを考えているのか、考えればいいのか分からなくなった。その瞬間。リビングの奥から物音がした。
「ッ!」
思考が止まった。そして涙も。だが、心臓の動きは激しさを増した。もしかしたら、そこには邪物がいるかもしれないのだから。
(体が動かない…。うっ…)
俺の目はリビングの奥、お風呂場がある部屋に釘付けになっていた。そこから音がしたのだから。
「ひッ!」
その部屋から…一本の手が飛び出た。するとその手は壁を鷲掴みにし、その箇所を粉砕した。
ドクン、ドクン…と心臓の音がうるさい。自分の息よりもうるさかった。心臓の音が、俺を支配していた。
「ん"〜まだいだがぁ?食い放題だなァ」
枯れ果てた声をさらに枯らしたような声と同時に、"それ"は姿をあらわにした。全身真緑の、この世のものとは到底思えない長身の化け物。邪物が。
ご視聴ありがとうございました。次回もお楽しみに。