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第8話 疲れ果てた猫の訪問者【夢の世界】

 ◇ ◇ ◇


 気がつくと、私・宮瀬紬みやせつむぎは知らない家の中にいた。

 家は木でできた簡易的なものだが、生活に必要なものは一通り揃っている。

 ライフラインも問題はなさそうだ。


 そしてなぜか、ここが私の家なのだと分かった。

 初めて見たはずなのに、家の造りもどこに何があるのかも明確に分かる。

 いったいどういうことなのか。


 たしか私は、仕事を終えて帰宅途中だったはずだ。

 そして不思議なカフェで、朝焼け色の美しいサイダーを飲みながら本の形をしたパイを食べていたはず――


 あのパイ、おいしかったな。

 クミンの効いた香り高いカレーにふわふわプリプリの鱈、それからざく切りにされたトマトの酸味もいいアクセントになってた。

 明日、帰ったら久々に料理してみようかな。


 学生の頃は料理が好きで、毎日のように自炊していた。

 でも社会人になってからは、仕事をこなすのがやっと。

 お給料を手に入れたら素敵な調理器具とスパイスを揃えようと思っていたはずなのに、たった今までそう思っていたことすら忘れていた。


 ――あーあ。

 大人ってこうやって心が荒んでいくんだな。


 部屋にあった椅子に座ってテーブルに突っ伏しそんなことを考えていると。

 突然、家のドアがノックされた。


「は、はい……」


 迷った結果恐る恐るドアを開けると、そこには1匹の猫がいた。

 ――と言っても普通の猫ではなく、服を着て二本足で立っている猫。

 猫は冒険者のような服をまとっていて、疲れ果てた様子で手に持った剣に寄りかかるように立っている。


「突然すまない。実は道に迷って水も食料も尽きてしまい限界だ。少しでいいので、どうか何か飲み物と食べ物を分けてはもらえないだろうか」

「ええっ? え、ええと」


 私はあまりに突然の出来事に思わず混乱する。

 猫が、猫が喋ってる!?


 いや、今はそんなことに驚いてる場合じゃない。

 この猫を助けないと。


「分かりました。とりあえず上がってください」

「い、いいのか? こんな見知らぬ猫人族を家に上げるなど……」

「大丈夫ですから。ほら、つかまって」


 私は手を差し伸べ、猫に手を貸して、部屋にあったソファに座らせる。


「服、汚れてますけどこちらで洗濯しましょうか? なんならお風呂も」

「…………風呂は遠慮しておこう」


 こうして立って喋る猫でも、やっぱりお風呂は嫌いなのかな。

 紳士的な雰囲気の猫なのに。


 そう思うとなんだかおかしくて、思わず笑いが込み上げてきた。


「でしたら、体をタオルで拭くだけでも。その間に、あったかい蜂蜜ミルクをご用意しますね。やさしい甘さに癒されますよ」

「何から何まですまない……。ではタオルは借りるとしよう」


 私は猫を洗面所まで案内し、Tシャツを貸して、脱いだ服はかごに入れておいてほしいと言ってその場を離れた。

 そして冷蔵庫から牛乳を出し、蜂蜜とともに鍋に入れて火にかける。

 牛乳があったまる頃、猫が部屋へと戻ってきた。


 猫が私のTシャツ(仮)を着て、ぽやぽやとした様子で立っている。

 疲れた体にタオルの温かさが沁みたのかもしれない。


 何これ可愛すぎてつらい!

 天使!? 天使ですか!?


 私はそんな猫への思いを必死で噛み殺し、そっと蜂蜜ミルクを出してあげた。

 いただきます、とおいしそうに蜂蜜ミルクを飲む猫に、またまたキュンとしてしまう。

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