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第6話 ちゃんと中身入ってますように!

 ――さて、いったいどうしたものか。

 でも、注文を受けてしまったからにはやるしかない。


 歳が同じくらいの女性で、多分会社帰り。

 どうやら仕事で何かあったようだ。

 なぜそう思ったのか分からないけれど、不思議なことにそれは確かなこととして伝わってきた。


 私は実家が書店なこともあって、うち以外で働いたことがない。

 でも一応ここで店員として働いてきて、今では店主も務めている。


 本は大好きだけど、接客業というのは何かとトラブルが起こるもので、私も平穏な日々ばかりを過ごしてきたわけではない。

 予約FAXを送ったにも関わらず配本数を大幅に削られたり、売れないと思って返品した本が翌日TVで取り上げられて大人気になったり、それで「なんでこんなに話題の本を置いてないの!」とお客さんに怒られたり。


 どう考えても読了後の本を、「間違えて買った」と言って返品しようとする人もいる。

 しかもそういう人に限ってレシートすら持っていない。そしてごねる。

 お客様は神様だというなら、もっと神様らしい行動をしてくれと常々思う。


 うちは今店員が1人だから「社内トラブル」というのはないけど、会社勤めの人は上司や同僚、部下との問題もあるという。

 きっとこの女性も、日々そういった理不尽に耐えているのだろう。

 そして疲れてしまった――のかもしれない。


 ――うーん。でもなあ。

 本を選べってことならいろいろ思いつくんだけど。


「それでいいのにゃ!」

「……え?」

「ブックパイはパイだけど普通のパイじゃないにゃ。お客さんに本を選ぶような気持ちで、届けたい物語や言葉を届けるパイなのにゃ!」

「物語や言葉を……」


 なるほど。

 何となくパイの中身と必要な材料を思い浮かべなきゃいけないのかと思ってたけど、どうやらそういうことではないらしい。


 それなら――

 疲れてるなら、何か癒しをくれそうな本がいい。

 長編は読むのが大変かもしれないから、短編形式の本なんてどうだろう?


 そんなことを考えながらふと女性を見ると、眺めているスマホのカバーに猫がボールで遊んでいるシルエットがプリントされていた。

 それにテーブルの上に置かれているハンカチも猫の柄だ。


 猫、好きなのかな?

 それなら猫が登場する小説がいいかもしれない。

 ちょうど先日、『八匹の猫の冒険』という短編集が発売されたばかりだ。

 この本は8本の短編からなっている小説で、各話違う猫が様々な冒険を繰り広げ、持ち前の猫らしさで旅先で出会った人の心を癒していく物語だ。


 この本に登場する猫のような、疲れた心に寄り添うような、そんなブックパイになったら嬉しいな。

 私はイメージと覚悟を固め、カウンターに置いた真っ白なお皿に手をかざした。

 そして――


「スキル【ブックパイ】!」


 静まり返った部屋でこんな言葉を叫べば不審がられてもおかしくないが、女性は何事もなかったかのようにスマホを見続けている。


「スキルの詠唱やモフとの会話は、普通の人間には聞こえないにゃ」

「そ、そうなんだ」


 私も普通の人間をやめたつもりはないけど。

 でもまあ今はそれはいっか。


 どうか、あの人の心に届くブックパイになりますように!

 あと、ちゃんと中身入ってますように!!!

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