選考の裏側
一方、時は遡って妃選考の通過者決めの時間。
テオフィルは執務室で一人、頭を抱えていた。
(やってしまった……)
自分が「絶対に結婚しない」と言い放ったときのルイーズの表情が頭から離れない。
彼女はテオフィルの言葉に非常にショックを受けた顔をしていた。
「でも、まさか、来るとは思わなかったんだ……」
テオフィルは思わず口に出して呟きながら机に突っ伏した。
テオフィルは、ずっとルイーズのことが好きだった。
初めて彼女に会った日のことを鮮明に覚えている。
「初めまして、テオフィル殿下。ルイーズ・ローレンと申します。ご一緒に勉強させていただけること、本当にうれしく思っております。よろしくお願いいたします」
笑顔を浮かべ、聡明な口調でそう告げたルイーズは、当時若干6歳であった。華はないけれど、知性とかわいらしさのにじみ出るその顔つきを、テオフィルはとても好ましく思ったものだ。
それから、お互いに愛称で呼び合うまでに時間はかからなかった。
好きになったのはどうしてだっただろうか。
楽しそうに勉強をする顔の裏に、家族に対する劣等感や自分だけの才能を見つけられない悲しみを見つけてしまったことがきっかけだったかもしれない。
そういった負の気持ちを隠して前向きに勉強を続ける彼女の強さとひたむきさを、とても愛おしく思ったのだ。
しかし、テオフィルは11歳のころ一度失恋している。
ある日テオフィルはルイーズに、こう尋ねた。
「ルル。きみは、将来どうなりたい?」
それは、テオフィルにとっては自分と二人の未来を期待しての言葉だった。
しかしルイーズは目をきらきらと輝かせて言う。
「私、お姉さまみたいに世界を股にかけて仕事がしたいの!世界中をとびまわって人々の役にたちたい」
ルイーズのその言葉は、テオフィルの頭に殴りつけられたかのような衝撃を与えた。
近い将来この国の王になるテオフィルには、国々を渡り歩くルイーズの隣にいる未来が訪れることなどあり得なかったからだ。
王になることを捨て、ルイーズとともにあることを願えたらどんなによかっただろう。
しかし、テオフィルにとってはこの国もルイーズも同じくらい大切だった。
だから、彼女の夢を応援するために彼女を諦めることにしたのだ。
それでも好きな気持ちだけはどうしても消すことができなかった。
ルイーズに会うとつらくなるので、王になるための教育を理由に少しずつ彼女から離れた。
思っていたとおり、ルイーズはテオフィルがいないなら、と王城に通って勉強するのをやめた。
そうさせたのは自分なのに、どうしようもなく苦しくなったことも覚えている。
会わなければルイーズのことを好きな気持ちも消えるだろう、と思っていたのに、気持ちは年々募るばかりだった。
ルイーズ本人のことを聞くのはつらいが、せめても、とルイーズの親や姉妹の噂に耳を澄ませ、彼女が元気にしているであろうことに安堵したり、誰か良い人ができたりしていないだろうかと焦燥感に駆られたりもした。
だから、いつまでもこんなことではいけない、と今回の妃選考の計画を立てた、というのに。
(本当に、なぜよりによってお前が現れるんだ……)
テオフィルは突っ伏したまま、手に触れた書類をぐしゃっと握る。
テオフィルは、今回の妃選考で選ばれた候補の令嬢を事前に知らなかった。
正直、興味がなかった。誰だってよかったのだ。ある程度の家格と知性と王妃たる器さえあれば。
だから、ルイーズが目に入った時の衝撃をわかってほしい。
好きすぎて自分が作り出した妄想では、とまで思ってしまった。
警戒してしまうのも無理はないだろう。
大人になって初めて会うルイーズは、テオフィルが想像していた以上に美しく成長していた。
ジュリエットと並んでいると目立たないが、知性のにじみでるラズベリー色の瞳も、小さな鼻も、赤く色づく唇も、相変わらずすべてが好ましい。
しかも、彼女は自分が言いたくてもどうしても言えなかった言葉を、いとも簡単に言ってのけた。
「私と結婚してください!」と。
ルイーズは、人々の上に立つことに興味はない。
だからそんな彼女がこの場に現れた意味に期待してしまうのも無理はないはずだ。
もしかしたら、彼女も自分を好いていてくれたのではないか、と。
しかし、その答えは否。
気付けば、テオフィルは口走っていた。
「お前とは、絶対に、結婚しない」
正確には俺に恋愛感情を持っていないお前とは、である。
さすがに、ここまでルイーズに振り回される自分が、テオフィルには悔しかったのだ。
それに、怖かった。
自分を好きではないルイーズは、やっぱりやめた、と夢を追うために国外に出て行ってしまうような気がして。
(だが、皆の前で言い放ったのは明らかに失敗だった……)
あれではきっと他の令嬢はルイーズを下に見るし、最悪直接彼女に悪意をぶつけるような令嬢も出てくるだろう。
「あーくそ、どうしろというんだ」
テオフィルはぐしゃぐしゃと自身の髪の毛をかき回す。
そう、だって、どうしようもなく嬉しくなってしまうのも、また事実なのだ。
どうしても欲しくて、でもどうしようもなくて諦めていた彼女が、自分からテオフィルのもとに来てくれた。
しかも、おそらく彼女自身の意思で。
世界を股にかけて仕事がしたい、と言っていた彼女にこの数年で何があったのか、テオフィルにはわからないが、このチャンスをテオフィルは逃すわけにはいかなかった。
しかし、一回目の選考はテオフィルの一存で選ぶことができても、二回目、三回目の選考にテオフィルの意思は反映されない。
多角面から王妃となりうるかの適性を図らなければならないため、今後二回は第三者の執務官に委託されるからだ。
(どうか、どうか最終選考まで残ってくれ)
祈るような気持ちで願う。
(――そして、最終選考までに必ず俺を好きにさせてみせる)
テオフィルは頭の前でぐっと両手を握りしめると、一度頭を振って気持ちを切り替え、再び今回の選考の通過者となる令嬢を選び始めた。