妃選考一回目(3)
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気付けば、ルイーズは自分の部屋のベッドに座って着替えることもせず茫然としていた。
はっとして意識を取り戻すと、外はもう完全な闇で、おそらく夕食の時間も過ぎている。
(ええと、何が起こったのだったかしら……)
ルイーズはガンガン痛む頭をおさえて、今日テオフィルに求婚してからのことを思い返した。
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“お前とは、絶対に、結婚しない”
テオフィルはひどく屈辱的な表情でそう告げた後、ショックを受けるルイーズをその場に残してルイーズの後ろに立つジュリエットの元へ向かった。
(だ、だめだったわ…)
他の美しい令嬢たちが目に入る前に先手必勝、と思っての行動だったのだが。
テオフィルを不機嫌にさせるとは完全に裏目に出てしまった。
一人反省会を行なうルイーズの傍ら、ジュリエットとテオフィルが笑顔で談笑する。
「久しぶり、ジュジュ。綺麗になったな」
「お久しぶりです。テオお兄様も、お元気そうで何よりですわ」
寄り添って笑い合う美男美女の姿はまるで一枚の絵画のようで、周りが近づくのをためらうほどだった。
「聞いたよ。今は医学の研究をしているんだって?」
「ええ、幸運なことに、ずっとやりたかったことを好きにやらせていただいてます」
「さすがだな。あそこの研究所は、俺の弟の管轄なんだ。よろしくしてやってくれ」
「存じておりますわ」
そこでおもむろにジュリエットはテオフィルについっと顔を寄せ、何やら囁く。
テオフィルはそれを聞いて顔を薄く赤らめたあと、小さく頷き何やら囁き返した。
二人は周りに聞こえないくらいの声で何度かやりとりし、再び離れる。
「じゃあ、また」
「ええ。これからよろしくお願いしますわ」
その会話は、ジュリエットの一回目の妃選考通過がすでに確定していることを示しているかのようだった。
周囲の令嬢はそれに気づき、遅れまいと慌ててテオフィルに近づきアピールしていく。
そのため、テオフィルはあっという間に令嬢たちに囲まれてルイーズからは見えなくなってしまった。
(これは、もう駄目かもしれないわ)
そう考え、でもこれ以上何もできることはない、ととりあえず用意されている軽食を食べることにしたルイーズは、会場の端にあるテーブルへと向かう。
しかし、その足は突然目の前に現れた令嬢によって止められた。
ルイーズは驚いてその令嬢を見つめたあと、はっと彼女が誰だか気づき急いで口を開く。
「初めまして、ブリジット様。お目にかかれて光栄です」
目の前に立っていたのは、辺境伯令嬢のブリジット・クラルティだった。
クラルティ辺境伯家は、西の軍事大国との国境を守る重要な拠点を持っているため、国内でも強い権力を持っていた。代々王家に輿入れした娘も多い。
ブリジットは、実った小麦を思わせるような美しく豊かな金色の髪を後ろに流し、テオフィルの瞳の色と同じ夜空の色のドレスを身にまとっている。肩の大きく開いたそのドレス姿は非常に妖艶だ。
彼女は気の強そうな赤い瞳でルイーズをじろじろと見つめたあと、高圧的に言った。
「初めまして、ルイーズ様。ローレン家の華々しいご活躍についてはかねがね聞き及んでおりますわ」
それは、遠回しなルイーズに対する嫌味だった。
あからさまな敵意を受けて唇を引き結ぶルイーズに、彼女は持っていた扇子で口元を隠しながら続ける。
「先ほどは、大胆な告白でしたわね。残念な結果でこちらとしても胸が苦しくなりましたわ」
「ご心配いただき、ありがとうございます」
毒のある態度に、真面目に返す必要はない。
わざと明るい調子でルイーズが頭を下げてみせると、ブリジットは扇子では隠せない目元を引きつらせて言った。
「あれだけ殿下にすげなく断られたということは、望み薄だと思いますの。お帰りになってはいかが?正直、あなたはもうライバル以下の存在だわ」
周りで聞いていた令嬢たちがくすくすと笑う。
それは、他の令嬢たちも皆そう思っている、と告げているのと同意であった。
しかしルイーズはふ、と笑みをこぼした。
「それならば、ブリジット様もはやくテオフィル殿下に覚えていただかなくてはならないのでは?私は良くも悪くも彼の印象に残ったけれど、あなたはまだ知られてもいない。私からすればあなたこそライバル以下だわ」
元来、ルイーズは負けず嫌いだ。
大人しそうな見た目に反して思ったよりずばずばと言葉を返してくるルイーズにブリジットは怯んで若干取り乱しながら言った。
「わ、私はこれが作戦ですのよ。あんな単純に話しかけるしかできない彼女たちより、話すことができなかった妖艶な美人の方が選考に残したくなるでしょう?」
自分で自分を美人と称せるあたり、ブリジットはかなりの自信家だ。
ルイーズは頬に手をあてて言葉を返す。
「あら、そんな“妖艶な美人”に、殿下が気付いてくださっていればいいですけど」
「なっ」
思わず扇子を下に落として眉の吊り上がった表情を見せたブリジットに、(勝った)とこっそり思いながらルイーズは言った。
「私、おなかが空いたので軽食を取りに行きたいのです。それでは」
そしてそのままブリジットの方は見ずに、その場を歩き去った。