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なんでも言うことひとつ聞く(3)


 その後、6回戦までいったところでカサンドラが負けて勝負は終わった。

 主催者の男性に他の三人もぜひ、と誘われたが、丁重に断って会場をあとにする。


 次はどうしようか話し合った結果、ティエリーが歌劇に興味があるということで、四人はこの国で現在流行しているお芝居を観に劇場へと向かった。


 個室になっている席を貸し切って、テオフィル、カサンドラ、ティエリー、ルイーズの順に腰を下ろし、開演を待つ。


 席と席とは割と近い。

 カサンドラは隣に座るティエリーの体温を感じて、速くなる自身の動悸を感じていた。


(ティエリー様はちゃんと接してみると悪い人じゃないかも……。だけど、じゃあ最初会ったときのあの言葉は……)


 もやもやと考え始めるとなかなかティエリーを見られない。


 カサンドラがティエリーへの照れと戸惑いからテオフィルの方ばかり向いて話すので、自然とルイーズがティエリーと会話することになった。


「ルイーズ嬢は、こういった歌劇はよく御覧になりますか?」

「いえ、実は、私も今回の劇を見るのは初めてなんです。家にいることが多くて」


 今日は外に出かけてみようと思っていても、つい少しだけ……と本を開くといつの間にやら夕方になっていることがよくある。


 苦笑しながら答えたルイーズに、ティエリーはうなずきながら言った。


「そうなんですね。この劇は僕たちの国でも有名で、これを見るためにこちらに旅行に来る国民もたくさんいるんですよ。僕も一度は見てみたいと思っていたので、今日来られて本当に嬉しいです」

「そうなんですか。それは光栄です」


 芸術分野にあまり手を伸ばしていなかったルイーズにとって、ティエリーの言葉はなんだか新鮮だった。

 今度はこっちの方面もいろいろ調べてみよう、と意気込むルイーズに、ティエリーがルイーズにしか聞こえない声で小さくささやく。


「……ところで、本当はヴィクター氏はルイーズ嬢と恋仲ですか?」


 ティエリーの言葉にルイーズは飛び上がった。


「な、なぜ……」


 赤くなったり青くなったりするルイーズに、余裕の笑顔を浮かべてティエリーが言う。


「さっきからヴィクター氏がずっとこちらを睨んでいますからね」


(ちょっと、テオ……!)


 思い切り憤慨したいけれどできないルイーズに、ティエリーは尚も追い打ちをかけた。


「それに、ルイーズ嬢もちらちらとヴィクター氏を気にしている。違いますか?」


 違わなかった。

 ティエリーと会ってからこちら、カサンドラとテオフィルは何度も腕を組み、時折なにやら囁いては笑い合っている。

 それがなんだか気になって……とても気持ちが重たくなってたまらない。

 演技なことも、二人にそんな気はないこともわかっているはずなのに、距離感の近い二人を見ていると胸になんだか黒い澱のようなものが溜まっていく。


 ルイーズが思わず俯くと、ティエリーはとりなすように言った。


「まあ、カサンドラ嬢には何か考えがあるんでしょう。どんな形であれ、僕はカサンドラ嬢に会えて嬉しいですから」


 ティエリーの言葉にルイーズは顔をあげておそるおそる尋ねた。


「あの、失礼ですがティエリー様は本当にキャシーのことを?」


 ルイーズの問いに、ティエリーは真剣な瞳で答える。


「ええ、もちろん。僕は彼女に本気です。今日なんとか彼女に振り向いてほしいと思っている」


(では、やっぱり……)


「あの、ティエリー様。実は――――――」


 ルイーズが囁いた内容に、ティエリーは少しだけ驚いたように目を見開いたあと、合点したようにうなずいた。


「なるほど、そういうことでしたか。どうやら僕も言葉が足りなかったようですね。それでは、少し賭けに出させてもらいましょうか」


 そう言うやいなや、ティエリーはルイーズの手を取って立ち上がり、カサンドラとヴィクターに向かって言った。


「ルイーズ嬢ともう少し仲良くなりたいので、僕たちは別の席で観劇しますね」


 そしてカサンドラ達の返事も待たず、驚くルイーズを引っ張るように四人のいた個室から出て行く。


「ティ、ティエリー様」


 廊下に出たところで我に返ったルイーズが慌てて声をかけると、ティエリーはぱちんとウィンクしてみせた。


「ルイーズ嬢、僕の賭けに付き合ってもらいますよ。もし追いかけてくるのがヴィクター氏だけだったら、僕の負け。おとなしく国に帰ります。でもカサンドラ嬢も追いかけてきてくれたら、そのときは――――」


 ティエリーの言葉は最後まで続かなかった。


 ルイーズ達が出て閉じた扉が再び大きく開け放たれ、中からテオフィルが――――そしてそのテオフィルより先に、カサンドラが飛び出してくる。


「待って!!」


 必死の表情で呼び止めるカサンドラを見てティエリーは微笑み、ルイーズにしか聞こえないように「僕の勝ち」と呟いた。



*******



 カサンドラは、ただ衝動的に飛び出して二人を呼び止めたようで、実際に立ち止まった二人を見て言葉に詰まった。

 そんなカサンドラの横からテオフィルがすっと二人に近付き、黙ってティエリーと手をつないだままのルイーズを引き寄せる。ティエリーは特に抵抗することなく、苦笑してルイーズから手を離した。


 カサンドラは言葉がまとまらないながらも、必死で口を開いた。


「あ、あの、ティエリー様、嫌な態度を取ってしまってごめんなさい。実は私……ええと、その、何から話していいのか……」


 泣き出しそうな顔で言い募るカサンドラの手を、ティエリーはそっと取る。

 カサンドラはそのことに仰天して顔を跳ね上げた。


「大まかにはルイーズ嬢から聞いたよ。カサンドラ嬢、ぼくたちの国では、バルニは女神の化身なんだ。女性を称えるときに使う言葉だったんだけど……文化の違いを失念していたよ、ごめんね」

「えっ」


 手を取られたことにどぎまぎしていたカサンドラは、突然のその言葉をすぐには飲み込めず、しばらく呆けた表情をする。

 しかしじわじわと言葉の意味を理解すると、今度は一気に顔を真っ赤に染め上げた。


 ティエリーの横から、援護するようにルイーズが言う。


「あの、キャシー、ティエリー様の言葉は本当よ。たしか向こうの国には、女神がバルニに姿を転じて国造りをした逸話があるの。記憶が朧気で確信が持てなかったから言えなくてごめんなさい」

「え、じゃあ、ティエリー様は最初から私のこと馬鹿にしてたわけじゃなくて……」


 恥ずかしさから言葉尻を濁すカサンドラに、ティエリーは強くうなずく。


「ああ。初めて会ったときから、ずっとあなたに惹かれている」


 はっきりした言葉で言われて、これ以上赤くなりようのないカサンドラは目を潤ませた。



******



 観劇どころではなくなった四人は、きちんと話をするために王城の応接間に場所を移す。


 全員の前にお茶が用意され、メイドが部屋から退出したところでテオフィルがまず口火を切った。


「もうすでにすべてばれていると思うが、私はテオフィル、この国の王太子だ。キャシーとはただのいとこであって恋仲でもなんでもない。姿を偽るような真似をしてすまなかった」


 そうしてつけていたカツラと眼鏡を取って見せる。

 しかしティエリーは驚く様子もなくそれを受け入れた。


「ええ、そうではないかと考えておりました」

「えっ、どうして?」


 ティエリーよりも驚いた様子のカサンドラが口を挟む。

 ティエリーは妖艶に笑って答えた。


「最近選ばれた王太子のお妃様の名前がルイーズ・ローレンであることは、調べて知っていたからね。そのルイーズ嬢と恋仲な様子をみれば、なんとなくわかるさ」


 ティエリーの言葉に、テオフィルが感心したようにうなずいた。


「国際情勢に精通していて、察しもいいな。将来有望だ」

「お褒めにあずかり光栄です、殿下。まあ、二人の兄の方がもっと優秀なので、僕の国で僕の出る幕は特にないんですけどね」


 明るく言ったその声には、兄への羨望と自分への諦めがにじんでみえた。

 なんだか親近感を感じるルイーズの横でテオフィルが少し考え、言う。


「それでは、我が国の政治家の一人として働いてみないか?働きに応じて爵位と領地も与えよう」


 テオフィルの言葉に、ティエリーは驚いたようにテオフィルを見た。


「……よろしいのですか?」

「ああ、この国の公爵令嬢と婚姻を結ぶ相手だ。それなりの地位が必要だろう」


 突然水を向けられたカサンドラは真っ赤になって横に座ったテオフィルの腕をつかむ。


「ちょっと、テオお兄様っ」

「なんだ、お前ももうその気だろ?」


 テオフィルにいなされ、押し黙ったカサンドラはやがて小さく頷いた。そして赤い顔のままティエリーに向き直る。


「ティエリー様、今回のこと本当に申し訳ありませんでした。私、もっとティエリー様のことを知りたいです」

「ええ、喜んで。どうか僕のことはティエリーと」


 二人は目を合わせ、そろってはにかんだように微笑み合う。


 良い雰囲気になった二人を残して、テオフィルとルイーズはそっと応接間から退出した。




 テオフィルはルイーズを自身の居室まで連れて行くと、手にしていたカツラと眼鏡をメイドに預けてからいつもより少し無造作にどさっとソファに腰をおろした。


「ああ、疲れた。別人の振りなんてするもんじゃないな」

「なかなか様になっていたわ。それに、丸く収まりそうで本当によかった」


 退出する前の二人の雰囲気を思い返し、テオフィルの横に座ったルイーズは安堵の息をつく。

 テオフィルはそんなルイーズをじっと見て言った。


「ルルは、随分ティエリーと仲良くなったようだな?」

「そんなことはないと思うけれど……」


 テオフィルのからめとるような視線にルイーズは知らず知らずのうちに頬を熱くする。

 思わずテオフィルから目をそらすと、彼はおもむろに天を仰いで言った。


「あー、こんなはずじゃなかったのに。ルルを試そうとしたばちが当たったな」

「どういうこと?」


 話がみえないルイーズが首を傾げながら問うと、テオフィルは片手で口を覆いながら目をそらしたまま答える。


「あの国の逸話は知っていたから、本当は最初キャシーに話を聞いた時点であの二人がすれ違っているだけだということはわかっていた。でも俺がキャシーの恋人役をすることをあんまりルルが気にしないものだから、ルルに嫉妬してほしくて何も言わなかったんだ。ごめん」

「そうだったの?それならテオの作戦は成功よ」


 ルイーズの返事に、テオフィルは眉をしかめてルイーズを見た。


「そんなことないだろ。ルルはずっとティエリーと楽しそうにしていて、結局俺が嫉妬しただけだったぞ」

「そう見えた?でも、私もテオとキャシーの距離がいつもより近いのを見てすごくもやもやしたわ。自分でもよくわかっていなかったけれど、あれがやきもちなのね」


 平然と言うルイーズを見て、テオフィルは今度は両手で顔を覆い、はあ、と長い息をついた。


「……嫉妬するほど好きなのは俺だけかと思った。よかった」

「何言ってるの。私は、私の方がテオを好きなんじゃないかといつも思ってるのに」

「それはない」


 ばっさり言い切ったテオフィルの腕――――今日ずっとカサンドラがくっついていた方の腕に、ルイーズがその身を寄せる。

 いつになく積極的なルイーズをテオフィルは驚いて見下ろした。


「……だから、これからはもう誰にも触らせないでね」


 その声は小さかったが、たしかにテオフィルの耳には届いた。


 テオフィルはこみ上げる愛しさを噛み締めながら、ゆっくりとルイーズを抱き寄せてその髪に口づけた。




どうしても話がどんどん長くなってしまって、ティエリーとカサンドラの関係性の変化に焦点を絞って書いた結果、テオフィルが若干空気になってしまいました……。次回こそ活躍させたいです(切実)

ティエリーみたいなちゃらいけど実は一途キャラ、大好きです。国を移ることになったと彼が周りの女性に伝えたときの阿鼻叫喚も書いてみたい気がしますが、長くなりそうなので止めておきます。


ここまで読んでくださってありがとうございました!

次回は結婚式準備の話になる予定です。またお暇なときに見に来ていただけたら嬉しいです。

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