なんでも言うことひとつ聞く(1)
2つめの後日談となります。
書いてみたらどたばたコメディ寄りな内容になりました。
長くなってしまったので、3回に分けて投稿します。
糖度はおそらく112%くらいです。(ただし主人公たちの糖度かどうかはわかりません)
「テオお兄様、今から“なんでもひとつお願いを聞く権”を行使させていただきます!」
うだるような暑さの夏が過ぎ、木々から一枚また一枚と赤い葉が舞い落ちるこの季節、秋の色どりをみせる庭園にその大声は響き渡った。
庭園のテーブルでルイーズと結婚式についての話し合いをしていたテオフィルは、カサンドラのその言葉に少し眉をしかめながら顔を上げる。
一方のルイーズは突然現れたカサンドラを見てのんきに目を細めて笑い、尋ねた。
「ごきげんよう、キャシー。“なんでもひとつお願いを聞く権”って、なに?」
「ルル、ごきげんよう!それはね、テオお兄様が―――」
「わーっ、言うなよ!」
嬉々として説明しようとしたカサンドラの言葉を遮り、テオフィルは立ち上がった。
「突然どうした。今じゃなきゃだめか?」
「今だからお願いするの!ルルもいるところじゃないと」
話のみえないルイーズは、首をかしげた。
テオフィルは眉をひそめて尋ねる。
「ルルも関係してるのか?」
「ちょっとね」
ぺろっと舌を出してそうのたまうカサンドラに、テオフィルは少し考えたあとため息をついて先を促した。
「……わかったよ。それで、お願いってなんだ?」
カサンドラは顔をぱあっと輝かせて、二人に言い放った。
「テオお兄様に、私の恋人の振りをしてもらいたいの!」
******
「……話はわかった」
数分後、難しい顔で腕組みをしたテオフィルは、カサンドラの説明を聞いてとりあえず頷いた。
妃選考も終わり、山ほどくる縁談の中から、カサンドラの父親がよりによってカサンドラの大嫌いな男にお見合いという名のフランクな顔合わせを持ち掛けてしまった。
今からそれ自体を断ると角がたつので、恋人ができたことにして会ったときに穏便に断りたい。
これがカサンドラのざっくりとした説明だった。
「そのキャシーの大嫌いな男って誰だ?」
「……南の共和国の、大統領の三男」
口にするのも嫌だというそぶりでカサンドラは答える。
カサンドラの様子を見て少し同情的になりながら、テオフィルは言った。
「なるほど、確かに今あの国は経済成長率が高い。オランジュ卿はつながりを作っておきたいんだな。なんでも聞くって言った手前、断りたくはないが……冷静に考えて、俺にその役が務まると思うか?俺は仮にも王太子だぞ。顔も広く知られてる」
「わかってるけど、テオお兄様しか頼れないんだよ。家族で向こうの国の交流パーティーに参加したときあいつに出会ったから、実のお兄ちゃんの顔はもう知られてるし、他にこんなこと頼める若い男の人の知り合いもいないし……」
「俺の弟は?まあ、あいつも一応この国の王子だが……」
「オーガスティン様? 私仲良くないもん。それに一応調べたけど、私のお見合いの日はちょうど出張中みたい」
口を尖らせて言うカサンドラに、テオフィルも困ったように呟いた。
「だからってなあ……」
「私考えたの!テオお兄様が変装すればいいんだよ!」
断りかけたテオフィルを遮るように、カサンドラは必死で言い募る。
「眼鏡かけて、口ひげつけて、カツラかぶっちゃえば別人でしょ!?どう?」
その変装をしたテオフィルを思い浮かべたルイーズは、思わず噴き出した。
笑うルイーズを、テオフィルはじとっとした目で見つめる。
「おい」
「だ……だって、テオに口ひげ……!」
中性的な顔立ちのテオフィルが口ひげをつけても違和感しかない。
それでもそんな提案をしてしまうほど切羽詰まっているカサンドラの肩を持ちたくなって、ルイーズはテオフィルに言った。
「テオ、考えてあげたら?今回はそれほどきちんとした形のお見合いではないみたいだし、相手は大統領本人ではなくて、その息子でしょう?たしかあそこの国の大統領の三男はまだ学生よ。政治にはほとんど関係ない人物だわ」
「ルル……!」
目をうるませて両手を組みルイーズを見つめるカサンドラのかたわら、テオフィルは胡乱な目を向ける。
「……俺はルルのためも思って断りたいんだけど」
「え?」
きょとんとするルイーズに、テオフィルは大きなため息をついて言った。
「……まあ、ルルが気にしないならいいよ。わかった、やってやる。ただしばれたときの尻ぬぐいはキャシーが自分でやれよ」
「テオお兄様、ありがとう!」
嬉しくなったカサンドラは、テオフィルに飛びつきたいのを我慢して代わりにルイーズに飛びついた。
ルイーズはそんなカサンドラを受け止め、尋ねる。
「ところで、どうしてキャシーはその人が嫌いなの?」
「……だってあいつ、私のことバルニみたいって言った」
バルニとは、地下道などの薄暗くじめじめしたところに好んで生息する小動物だ。
見た目はそれほど醜いわけではないが、その住処と人間の残飯を漁って食べる生態から嫌われがちな生き物である。
それはひどいわね、と言いかけたルイーズは、南の共和国とバルニという言葉の関連性に引っ掛かりを覚え、思わず口をつぐむ。
テオフィルはそんな二人を黙って見比べた後、話を逸らすように言った。
「ところで、その男とはいつどこで会うんだ?」
「2週間後にあいつがこの国に来るから、王都を案内することになってる。それでね、もしよかったらルルにも来てほしいの」
「私?」
尋ねたルイーズに、カサンドラは大きくうなずいた。
「うん。だっていくら振りとはいえ、テオお兄様が恋人役なんて不安でしょ?一緒に来てよ」
「私は別に……」
「それに、大人数の方が楽しいし、私もあいつとあんまり会話しなくてすむし!お願い!」
テオフィルとカサンドラだ。間違いなど起こりようもないだろうと思っているルイーズは肯定を渋る。
しかし、食い下がるカサンドラの勢いにのまれて頷いた。
「わかったわ」
「わーい、二人とも本当にありがとう!」
二人が来てくれることが決定し、カサンドラは飛び上がって喜んだ。
******
2週間後はすぐにやってきた。
カサンドラの嫌うその男は、長身を優雅に折り曲げ、並び立つ面々に挨拶する。
「カサンドラ嬢、お久しぶり。お招きありがとう。また会えて嬉しいよ」
アシンメトリーにしたダークブロンドの髪と泣き黒子のあるたれ目が特徴のその男は、妙な色気と妖艶さを湛えた美丈夫だった。
目を細めて艶やかに笑うその様は、女性から人気がありそうだ。
17歳という年齢よりだいぶ上に見える彼を、ルイーズは少し戸惑いながら見つめる。
(一応私の方が年上……よね?)
気後れするルイーズの目線に気が付いた彼は、にっこりと微笑んでルイーズとテオフィルに言った。
「初めまして、ティエリー・ランバートと申します。以後お見知りおきを。そちらのあなたは、カサンドラの嬢のご友人だとか?」
ルイーズは慌ててうなずき、カーテシーをする。
「はい、ルイーズ・ローレンと申します。今日はお邪魔してしまってすみません」
「……いえいえ。綺麗な女性二人にこの国を案内してもらえるなんて、僕はとても幸せ者だ」
ティエリーは、一瞬目を見開いたのち愛想よく返事をした。
その気障なセリフに、カサンドラは不信感満載の視線を飛ばす。
しかしティエリーはそんな視線に気付くことなく、次にテオフィルに目を向けた。
「それで……失礼、そちらのあなたは?」
今日のテオフィルは、長い黒髪のカツラをつけ、黒縁の眼鏡をかけている。
口ひげはルイーズに笑われたことに傷ついたテオフィルの断固とした反対にあい、無しになった。
黒髪を結って片方の肩から流し、きっちりとしたシャツとベストを着てお堅い雰囲気を漂わせたその姿は、テオフィルとは全くの別人に見えなくもない。
ちなみに、今日は外に出るためルイーズも髪をすべて帽子の中に入れて軽く変装している。
無口で真面目な男、という設定でいくことになったので、テオフィルは言葉少なに答えた。
「……ヴィクター・ケランだ」
偽名を名乗ったテオフィル改めヴィクターの腕に、カサンドラが自身の腕を巻き付けて申し訳なさそうな表情で言った。
「ティエリー様、せっかく来ていただいて申し訳ないのですが、実は私すでにヴィクター様という恋人がいるんです。お父様ったらそのことをご存じなくて、勝手にお見合いを了承するお返事を送ってしまったの。ですから、この縁談はなかったことにしていただけませんか?王都の案内は予定通りいたしますから」
ルイーズもテオフィルも、顔には出さないながらもティエリーの反応をハラハラしながら見守る。
するとティエリーは一瞬驚いたような表情をしたあと、人好きのする笑顔を浮かべて言った。
「そうか。それは、残念だ。カサンドラ嬢と結婚できるのを楽しみにしていたんだけど。でもせっかくの機会だから、王都の案内はぜひお願いしたいね」
ルイーズはティエリーのその心の広い返事に目を見開く。
わざわざ来て、会ってすぐ断られるなんて怒ってもおかしくない場面なのに、ティエリーは笑顔を崩さない。
(まだその真意はわからないけれど、悪い方ではなさそうだわ)
ルイーズが彼を見直すのと同様に、カサンドラも何か思うところがあったようで、ばつが悪そうに彼にうなずいてみせた。
「こちらこそ、本当にごめんなさい。さっそく行きましょうか」
カサンドラのその言葉に、ティエリーは嬉しそうに笑ってみせた。
続きは本日(6/4)の夜更新します。




