最終選考(2)
しばらくして今置かれている状況を思い出した二人は、どちらからともなくそっと離れた。
辺りを見回すと、その場にいた人々は三者三様のありさまだった。
カサンドラは目を潤ませて頬を染め、口に手を当てて嬉しそうに二人を見守っていたし、ブリジットは怒りからか震えながらルイーズ達をにらみつけている。
執務官はなまあたたかい笑顔を浮かべていて、王と王妃はといえば、二人とも複雑そうな表情をしていた。
テオフィルの父親としては嬉しい気持ちで二人のやり取りを見守っていた国王は、これを言わなければならない自分の立場を呪いながらも重い口を開く。
「ルイーズ嬢。そなたは、参加資格を自分で取り消している。残念だが、そなたが選ばれることはない。どんなにテオフィルを好きであろうとも」
それまでめまぐるしく起こる出来事に口を挟めずにいたブリジットが、国王の言葉でやっと怒りをあらわにして二人の間に割り込んだ。
「そうよ!あんたはここにいたらいけない人間でしょう!乱入までして、恥ずかしいと思わないの!?今すぐ出て行きなさい!」
言いながらブリジットはルイーズにつかみかかろうとする。
しかしそれを素早く近づいてきた執務官がやんわりと止めた。
「ブリジット嬢。国王陛下がお話されているときは口を開かないように。不敬ですよ」
あくまで冷静な執務官に、ブリジットはわなわなと震えながらもなんとかルイーズから一歩後ろに下がる。
国王はその様子を確認してから、再び口を開いた。
「ルイーズ嬢。そもそもそなたは何故参加を辞退しておきながらここに侵入した?理由如何によっては侵入罪で捕縛する必要も出てくる」
「それは……」
ルイーズがどう説明しようか悩みながら話し始めたそのとき、謁見の間の扉が大きく開かれた。
「国王陛下。申し訳ございません、それに関しましては私めからの陳述を許可いただけないでしょうか」
そこに入ってきたのは、ルイーズの父マクシムと姉のロアンヌ、そしていつぞやの元執務補佐官、アランだった。
アランは手を縛られた状態で、ロアンヌに腕をつかまれ引きずられるようにして入って来た。
「御前失礼致します。国王陛下、どうか弁明の許可を」
突然現れた三人に、もはや驚くまいとあくまで冷静に国王は言う。
「許す」
「ありがとうございます。この度のことは、すべて私マクシム・ローレンの独断で行ったことです。娘は一切関与しておらず、娘が私の勝手な行動を知ったのはつい先刻のことでした。法によれば、本人の意思確認のない辞退は無効なはず。このことに関する宣誓書も書いて参りました。どうか、どうか娘にもう一度参加資格をいただけないでしょうか」
言いながら、マクシムは自身が綴った宣誓書を掲げる。宣誓書とは、自身の言葉に嘘がないことを言明する書面であり、嘘があったとばれたときには国外追放の厳罰が与えられる。
つまり、軽々しく扱うことはできない、真実を主張する書面だ。
マクシムの言葉に驚いたのは、国王と王妃だけではなかった。
テオフィルも思わずルイーズに目線を送り、それが真実かどうか問いかける。ルイーズがテオフィルに小さく頷いてみせると、テオフィルの頬はうっすらと上気した。
(ルルの意思での辞退ではなかったのか……)
テオフィルが喜びをかみしめる一方、国王は厳しい声でマクシムに問いかける。
「なぜそんなことをした?理由を聞かせてもらおう」
「はい。……先日、そこの男が私のもとにやってきて、言いました。『私はルイーズの恋人で、二人は愛し合っている。しかしルイーズはローレン家への義務感から一方的に別れを告げ、妃選考に参加してしまった。父親として娘を愛しているなら、どうか無理して妃選考に参加するのをやめさせてもらえないか』と。さらに、きっとルイーズ自身に辞退するように言っても頑固な彼女は聞き入れないだろうから、こっそり事を進めてほしい、とも頼まれました」
マクシムがそこの男、と指したのはアランである。
会場中の視線がアランに集まり、アランはふてくされた表情でそっぽを向いた。
「それをマクシム、お前はその男の言葉だけで信じたのか?」
「いえ。証拠を二つ提示されました。ひとつは、西の大国の交流パーティーで二人が抱き合っているところを目撃している人達がいるから確認してほしい、ということ。二つめは、自身が渡した栞をルイーズがきっと別れた今も大切にしているだろうから確かめてみてほしい、ということ」
(抱き合っているところ、ですって……?……あのときのことね……!)
ルイーズの脳裏に浮かんだのは、三回目の選考の池のほとりでの出来事だ。
無理やりアランに抱きしめられたあのとき、たしかに何人か室内からこちらを見ている人がいた。
こちらの声が聞こえなければ、向こうからは愛し合っている二人が抱き合っているようにも見えただろう。
きっとあのときアランは、誰かがこちらを見ていることを確認してからルイーズを抱きしめたのだ。
マクシムの言葉は続く。
「果たしてパーティーに参加していた者に確認を取ったところ、たしかに抱き合っているところを見た者がおりました。そして栞も……ルイーズがいかにも大切そうに手にしているところを自身の目で見て、男の言葉が本当かもしれない、と考えるに至った次第です」
栞のくだりでは、テオフィルとルイーズ二人の顔が赤くなった。
テオフィルたちの様子を見てなんとなくルイーズに栞を渡した本当の人物に察しはついたものの、国王はきちんと成り行きを明らかにするために更に問う。
「しかし、それはすべて男の嘘だったというのだな?ならばなぜアランとルイーズは抱き合っていた?栞は本当にアランが渡したものだったのか?」
「それに関しては、俺、……私から説明させてください」
口を挟んだのはテオフィルだ。彼は一度咳払いをしてから、改めてしっかりと背筋を伸ばし、国王と向き合った。
「私もパーティーで二人が抱き合っているのを目撃した一人です。しかし、正確には二人は抱き合っていたわけではありません。アランが一方的に無理やりルイーズを抱きしめており、ルイーズはアランの手から逃れようとしておりました。アランを止め、捕縛したのも私です」
「えっ……その男は、一度捕まっていたのですか……?」
マクシムは驚き、思わず声をあげた。
マクシムが事実確認を行なった相手はパーティーに参加していた貴族たちのみだったため、アランが一度捕縛されたことも仕事を罷免されたことも知らなかったのだ。
マクシムの言葉にテオフィルはうなずく。
「ええ。もともとアランは執務補佐官をしていましたが、罷免することで罰とし釈放致しました。栞に関しても、アランの嘘です。私が、ルイーズに栞を渡しました」
栞に関してはルイーズから聞いて知っていたマクシムだったが、アランがもともと妃選考に関わっていた人間で、さらにそれを辞めさせられていたことは知らなかった。
それを知っていたなら、男がルイーズの恋人だなどという妄言を信じたりはしなかっただろう。
(はじめから殿下に確認を取ればよかったのか……)
自身の道化っぷりにまたも落ち込むマクシムを尻目に、国王がテオフィルに尋ねる。
「しかし、なぜその男はお前がルイーズ嬢に栞を渡したことを知っていたのだ?」
「それは、この男が二人を付け回していたからです」
テオフィルが答えるより早く、アランを捕まえているロアンヌが口を開いた。
「私は王都の巡回中に、たまたま殿下と妹が歩いているところに出くわしました。そして二人と談笑している途中で、いかにも怪しいそぶりで二人を見ている男がいることに気が付いたのです。それがこの男でした」
この男、のところでロアンヌはぐいっとアランを引っ張る。
アランは不機嫌な表情で「いてえ!」と声を上げた。
あのときのロアンヌの緊張はこのせいだったのか、とルイーズはひとり合点する。
おそらくテオフィルとロアンヌがこそこそ話していた内容もこれに関することだったのだろう。
三人の説明を聞いた上で、国王はアランに向かって問いかける。
「アラン。お前はなぜ嘘をつき、ルイーズを辞退させた?」
「……私がルイーズ嬢のことを好きだからですよ」
その言葉に気持ちが伴っていないことは、誰の目にも明らかだった。
もともと勘の鋭い国王は、アランが誰かをかばっていることを察する。
しかし、それについて追及することはできなかった。なぜなら、アランが誰かをかばっている証拠が何もないからだ。
しばらく考えこんだ国王は、やがて重々しく宣言した。
「……あいわかった。ルイーズ嬢が、自身の意思で参加を取り消したわけではないことは証明された。よって、ルイーズ嬢の参加資格を返戻する」
「……ありがとうございます!」
ルイーズは感激で目を潤ませ、テオフィルもほっとしたように微笑む。
カサンドラは堪えていた涙をとうとう流しながら拍手して、マクシム、ロアンヌ、王妃そして執務補佐官の4人は安堵の表情をみせた。
そんななか、ブリジットだけが拳を握りしめ、射殺さんばかりの視線でルイーズを睨みつけていた。
「場が乱れてしまったが、妃選考を再開しよう。参加者は、ブリジット嬢、カサンドラ嬢、そしてルイーズ嬢の三人だ。さて、テオフィル、お前は一体誰を選ぶ」
国王の言葉で皆が動きを止め、テオフィルを見つめる。
テオフィルは全員の視線を受けながらルイーズに向き直ると、ルイーズの目をじっと見据えて言った。
「私は、ルイーズ嬢を妃に選びます」
「――」
ルイーズがテオフィルのその言葉に応えようとした、そのとき。
「お待ちになって!」
声をあげたのは、それまで不気味なくらい静かだったブリジットだった。
彼女はルイーズを睨みつけたあと、勝ち誇った表情でテオフィルの前へと進み出る。
「テオフィル殿下。私は、これを見つけました。どうかその地味女ではなく、私を妃にしてくださいませ」
そうして開いた手には、小さな黒い石が収められていた。




