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最終選考(1)

******


 テオフィルは、数日前にローレン家当主マクシムから選考辞退の手紙を受け取って以来、心が凪いでいた。


(ルルの名ではなく、父親の名前を使って断るほど、ルルにとっては俺を好きになることはありえなかったんだな……)


 はじめはこれが悪夢か何かであることを願ったテオフィルだったが、次第に現実を受け入れた。

 

 もともと、ルイーズが妃候補として名乗りをあげてくれただけでも夢のような話だった。

 難しい試験を、自分の妃になるためにがんばってくれていると思うだけでも胸がいっぱいになった。


 だから何度か考えた。

 このまま、何も告げることなく流れで妃になってもらえばいいのではないか、と。

 気持ちが伴わなくとも、そばにいてくれればそれで満足ではないか、と。


 でもきっと自分は欲張りだから、そばにいてくれれば“もっと”を求めてしまうだろう。

 そばにいてくれるだけでよかったはずのものが、触れたい、触れてほしい、俺だけを見ていてほしい、俺を好きになってほしい―――


 ルイーズはきっと真面目で優しいから、できるだけそれに応えようとしてくれるだろう。

 でももし彼女がどうしてもテオフィルを好きになれない場合、きっと一緒にいることがどんどん辛く苦しくなる。


 テオフィルは、ルイーズをそんな風に潰してしまいたくなかったのだ。


 それに、ルイーズが昔語っていたあの夢のことだって、結局まだなぜ諦めてしまったのか聞けていない。

 テオフィルのことを好きではないルイーズは、いつかその夢を叶えるためにテオフィルのもとを離れて国外へ飛び立って行ってしまうのではないか。


 そう考えると不安で仕方なかった。


(だから、きっとこれから何度も後悔するだろうけれど……これでよかったんだ)



 この国の王と王妃は、テオフィルの父と母でもあろうとしている人達で、テオフィルが何も言わなくてもなんとなくテオフィル(自分たちの息子)の気持ちには気づいていた。


 だから、ローレン家からの選考参加辞退の手紙が届いて以来、妙に感情のない表情をしている息子が心配で仕方なかった。


 最終選考の会場へ三人で連れ立って向かいながら、国王はテオフィルに声をかける。


「テオ、本当に大丈夫か?」

「ええ、父上。……いえ、国王陛下。大丈夫です」

「…………」


 国王は、それ以上かける言葉がないのがもどかしかった。

 無理をするなと言いたくても、テオフィルは王太子。

 いつか必ず妃を娶り、後継ぎを作らなければならない立場にある。

 そもそも妃選考を始めてしまった以上、やっぱり誰も好きになれないので中止にします、などということは絶対に許されない。


 国王も王妃も、テオフィルに気付かれないようにこっそり目配せし合いながら、何もできない不甲斐ない自分にもどかしさを感じていた。



 三人が会場である謁見の間の入り口に着くと、ちょうど中から執務官が出てきた。


「お待ちしておりました。最終選考に参加されるご令嬢は、お二人ともすでにお揃いですよ」

「ありがとう。すぐに始めさせてもらおう」


 テオフィルは答え、謁見の間へと足を踏み入れる。

 

 謁見の間は、金に輝く柱が並び立ち、赤いビロードに覆われた豪華な空間だ。

 玉座の真上にはひときわ大きなシャンデリアが光り輝いている。

 

 現れたテオフィルと王、王妃を見て、ブリジットは目を輝かせ、カサンドラは途方に暮れた表情をした。


 テオフィルはそんな二人の表情に気付かないふりをしながら、ゆっくりと時間をかけてブリジットとカサンドラがいる場所より一段高くなっている、玉座がある場所へと歩みを進める。


 王と王妃が並べられた玉座に腰を下ろすのを確認してから、テオフィルはその間に立った。


 ここに集まる皆がしんと静まり返ったところで国王が口を開く。


「今日、次期王太子妃が決まることを心から喜ばしく思う。選ばれなかった令嬢にも良いご縁があるよう、王家としても全力でフォローする所存である。ここまでよくがんばった」


 国王は簡潔に挨拶を終え、目でテオフィルに合図を送る。

 それを受けてテオフィルが一歩前へ出ると、二人の顔を順番にゆっくりと眺めてから言った。


「ブリジット嬢、カサンドラ嬢。今日は最終選考に来てくれてありがとう。この間二人にも説明した通り、今日は俺が妃となる人物を選ばせていただく」


 テオフィルはここで一度言葉を切り、しばらく俯いてから再び顔をあげた。


「実は、もう最後に選ぶ人物は決めている。俺が選ぶのは―――」


 テオフィルがその名を告げようとした、その時。



 謁見の間の扉が開かれ、テオフィルがもう二度と会わないはずだった人物の声が、謁見の間に響き渡った。


「ちょっと待って、テオ……!」


 現れたのは、凛とした表情のルイーズだった。



 ここに入れるはずがないルイーズが登場したこと、そしてそのルイーズがなぜか侍女のお仕着せを着ていることに、この場の全員が度肝を抜かれる。


 ルイーズは唖然とする人々に構わず、両陛下の前へ進み出ると、カーテシーをしてから言った。


「ご無沙汰しております、国王陛下、王妃殿下。このような格好での突然の乱入、どうかご容赦いただけますでしょうか。どうしても……どうしても、今、王太子殿下にお伝えしたいことがあるのです」


 初めに我に返ったのは、国王だった。

 彼は少しの間眉を寄せて考えたあと、深く一度うなずき、言った。


「許す」


 国王の言葉にはっとした王妃が、続いて追従するように小さく頷く。

 ルイーズは二人から許可が出たことにほっとしながら、改めて国王と王妃の間にいるテオフィルの前に立った。


 一方のテオフィルは、まだ混乱していた。

 一回目の妃選考でも現れたルイーズの姿を見て幻かと思ったのに、今度こそ白昼夢を見ているのかと自問自答する。


 テオフィルがこれが現実であることを認められないうちに、ルイーズは一度深呼吸してから話し始めた。


「テオ……聞いてほしいの。私、ずっと気付けなくて。多分、気づくのが怖かったんだと思う。失ったときに、立ち直れないから……」


 ルイーズはにじみそうになる涙を隠すようにぎゅっと一度目を瞑ると、そのラズベリー色の瞳でテオフィルとしっかり見据え、言った。


「あなたのことが好き。……遅くなってしまってごめんなさい」


 テオフィルはしばらく茫然としたまま、その言葉を頭の中で反芻していた。


 しかしふとルイーズの顔を見て、彼女がとても不安そうな顔をしていることに気付く。

 まだ半信半疑でいたテオフィルだったが、ルイーズの不安を取り除かなければという一心で腰に佩いた剣を置き、マントを翻して段の上から飛び降りると、ルイーズの目の前に立った。


 そしておそるおそるルイーズの手を取る。

 その手が実体をもっていることに、内心テオフィルは仰天した。


(もしかしてこれは現実なのか?俺の幻覚ではなく?)


 夢なら覚めないでくれ、と願いながら、テオフィルは今度はルイーズの肩に手を回し、彼女を抱きしめてみた。

 それでも消えない彼女に、じわじわとルイーズがここにいる実感がわいてくる。



 ふと気付けば、テオフィルの夜空色の瞳から涙が一筋伝い落ちていた。


「ルル……ごめん、もう一度言ってくれる?」


 テオフィルが泣いていることに気付いたルイーズは、嬉しい気持ちと遅くなって申し訳ない気持ちから彼をぎゅっと抱きしめ返し、テオフィルの胸に顔をうずめる。


 そしてくぐもった声でもう一度告げた。


「テオ、好き。大好きよ」


 今度こそテオフィルはルイーズを強く搔き抱く。その腕が小さく震えていることに、ルイーズだけが気づいていた。

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