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王城へ


 マクシムの言葉に、ルイーズもパトリシアも息をのむ。

 しかしルイーズはすぐに決断した。


「お父様、お母様、私今から王城に行きます。ありがとうございました」

「ルイーズ、待ちなさい」


 走り出そうとしたルイーズをパトリシアが止める。

 ルイーズはもどかしい気持ちで母の方を振り向いた。


「お母様、お願いです――」

「別にあなたを止めるつもりはありません。だけどそんな格好で行くべきではないわ」


 パトリシアはそういうと、控えていたメイドに何やら指示を出す。

 すばやく屋敷の中に消えたメイドは、それほど時間を置かずに戻って来た。


 メイドが持ってきたものをパトリシアはルイーズに見せるように指示する。

 それは、ヒールのないブーツと、王城の侍女が着ているお仕着せだった。


 見せられたものに驚くルイーズに、今日初めて空気を和らげながらパトリシアは説明する。


「ブーツはここで履き替えていきなさい。そのお仕着せは、私が独身時代に王城で働いていたとき使っていたものです。きっと役に立つわ。馬車の中で着替えなさい。本当ははしたないからそんなことさせたくないけれど、今日だけは時間もないことですし、仕方ないでしょう」

「ありがとうございます、お母様……!」


 ルイーズは感激で目を潤ませながら母にお礼を言う。

 パトリシアの指示で、メイドがルイーズの足の泥をきれいに拭い、簡単に傷の手当もして、ブーツを履かせてくれた。

 ずっと地味に痛みを訴えていた足が、随分と楽になる。行きよりもかなり早いスピードで馬車に戻れそうだ。


「それでは、今度こそ行ってまいります」


 ルイーズの言葉に、パトリシアは黙ってうなずく。

 母の優しい瞳に、言葉はないけれど応援されているような気持ちになったルイーズは、なんだか少し力が湧いて軽やかに走り出した。


 ドレスを翻して走る娘を見送ってから、パトリシアは茫然としたままのマクシムを振り向く。


「あなた、ルイーズの邪魔をしてしまったことがショックなの?それともルイーズに好きな人ができたことが?」

「……どっちもだ……」


 目の焦点を合わせずに小さな声で呟いた夫の情けない姿に、パトリシアはため息をついて言った。


「これ以上呆けているだけなら、ルイーズに嫌われますよ。ほら、あなたにもやるべきことがあるでしょう」


 そうして近年見ることのなかった憔悴顔の夫の背を押し、屋敷へと入っていった。


******


 ルイーズは無事、もう少しで1時間というところで馬車にたどり着いた。

 御者がほっとした顔でルイーズを出迎える。


「お嬢様、ご無事で何よりです」

「ありがとう、お待たせしてごめんなさい。今度は王城に向かってもらえるかしら」


 御者はもうルイーズの突飛な提案に慣れたのか、笑顔でうなずいた。


 ルイーズが乗り込んですぐ、馬車は走り出す。

 ルイーズは馬車のカーテンを閉め、揺れる車内で四苦八苦しながら汚れたドレスを脱いでお仕着せに着替え、さらにブーツに付いてしまった泥を拭った。


 王城まではここからすぐだ。

 ひと心地つき、ルイーズはゆっくりと背もたれに背中を預けながら考える。


(お父様みたいに王城で仕事がある人はいつでも表門から入れるけれど、選考を辞退したことになっている私はきっと入れてもらえないわ。そうなると、忍び込むしかない)


 明言はしなかったが、母はそれを見込んでこのお仕着せをルイーズに渡したのだろう。

 問題は、警備の厳しい王城にルイーズのような普通の令嬢がどうやって忍び込むか、だ。


 悩むルイーズの脳裏に、ふとお茶会の日のテオフィルとの会話がよぎる。


『昔、俺が見つけたこの城を出る秘密の抜け道を教えただろ?二年前にちょっと嫌なことがあってそこから抜け出したら、大騒ぎになった』

『それはそうでしょう……!大丈夫だったの?』

『ものすごく怒られた。でもあの抜け道はまだばれてない』

『じゃあ私もまだ使えるわね』

『ああ。ルイーズも城から抜け出したくなったら使うといい』


(抜け道―――……出ることができるなら、入ることもできるはず……!)


 抜け道は、王城の人気のない廊下から外へと繋がっている。

 入れさえすれば、堂々と侍女の振りをすればきっと選考の会場までたどり着けるだろう。


(やるしかない)


 ルイーズは決意すると、ぎゅっと両手を握りしめた。


******


 馬車を王城の裏手につけてもらい、御者に丁寧にお礼を言って馬車から降りる。

 馬車を見送り、周りに誰もいないことを確認した後、ルイーズは城の裏手の排水溝の蓋を開けてそこから体をすべりこませた。

 この下水道の中にある壁に擬態して作られた扉から、王城に出入りできる。


(たしかこのあたり……)


 記憶は正しく、ルイーズが少し力を込めて壁を押すと壁が動き、奥に薄暗い通路が現れた。

 扉を閉め、明かりのない通路を転ばないよう慎重に進んでいく。

 この通路は天井が低いため、中腰にならないと進めない。

 時折二度とこの真っ暗で狭く、かび臭い空間から出られなくなる妄想が頭を支配しそうになるが、強く頭を振ってそれを振り払い、ルイーズは足を動かし続けた。


 しばらく行ったところで、通路は唐突に突き当たる。

 突き当りの壁の上と下にある突起を順番に押すと、ゆっくりとその壁が動いた。

 実はこれは壁に見せかけてつくられた扉である。この扉が開けば、そこはもう王城の内部だ。


 ルイーズは明かりが見えたことにほっとしながら、扉の隙間から誰もいないことを確認し、すばやく廊下に出る。

 そしてお仕着せについてしまった埃をパンパン、と軽く払うと、できるだけ胸を張って堂々としてみえるように歩きだした。


 王城内の地図は、ここに通っていた頃何度も探検したため頭に入っている。

 廊下の先は、王族の居住区だ。

 王族の世話をする侍女たちの中から、気が弱そうに見える人を一人選んでルイーズは話しかけた。


「ねえ、ちょっと。今日テオフィル殿下の妃選考最終日よね?」


 話しかけられた侍女はびくっと体をすくませたあと、おどおどとうなずいた。


「そうですが、あなたは……?」

「私は給仕担当よ。今から仕事が少し休みだから、誰が妃に選ばれるかこっそり見に行きたいの。どこで選考を行なっているか教えてくれないかしら?」


 ルイーズは内心嘘がばれないかひやひやしたが、話し相手の侍女は困ったように首をすくめただけだった。


「でも、行ったところで見られるかどうか……」

「いいのよ、見られなかったら見られなかったで。ねえ、教えて」


 ルイーズの押しの強さに屈した侍女は、小さくため息をつきながら言った。


「謁見の間です。私が教えたことは内緒にしてくださいね」

「ええ、もちろんよ!ありがとう!」


 ルイーズはお礼を言い、ぼろが出ないうちに素早くその侍女から離れた。

 謁見の間はここからさほど遠くない。

 できるだけ急いで、でも優雅に見えるよう慎重に歩みを進める。


(見えた!謁見の間だわ)


 ついにたどり着いた、と思ったそのとき。

 ルイーズは唐突に立ち止まってしまった。

 謁見の間の扉の前には見張りが一人立っていて、おいそれとは入れそうになかったからだ。


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