妃選考一回目(2)
ルイーズとジュリエットが入場してからほどなくして、ついに妃選考が始まりを告げた。
国王が護衛騎士を伴って入場し、一段高くなっている場所へ向かう。
ざわめいていた会場が、水をうったように静かになった。
人好きのする優しい顔をした国王は、会場を一度ゆっくりと見まわしてから口を開いた。
「この国の、高貴なご令嬢のみなさん。今日はテオフィルのために集まってくれて本当にありがとう。テオフィルにとって、そしてこの国にとって、良き出会いがこの場にあることを願っている」
国王の言葉は短かったが、非常に重みのある言葉だった。
令嬢たちはほほえみかける国王にむかって、めいめい礼をとる。
国王はそんな令嬢たちを満足げに見渡した後、その場をあとにした。
国王が大広間から退出し、王城に仕える執務官が代わりに壇上にあがる。
「えー、それではこれよりさっそく一回目の選考を行ないます。今からテオフィル殿下がこの会場にいらっしゃるので、この場で皆さまには殿下と会話していただきます。殿下の印象に残れるようがんばってください」
執務官の合図で、大広間の一番大きな扉が開く。
扉の後ろには、ルイーズの記憶よりだいぶ大人になったテオフィルが立っていた。
19歳になったテオフィルは、まず背がかなり伸びていた。
ルイーズと一緒に勉強していたころはルイーズとほとんど変わらなかったはずだが、今ではルイーズを見下ろすくらいの高さがあるだろう。
昔は女の子のようだった顔も、今では幼さは微塵も残っておらず、男の人の顔つきだ。
ラピスラズリのような深い青い目も、すっと通った鼻も、少し大きな口も、すべて美しく整っている。
唯一、プラチナブロンドの髪はうなじにかかる程度でほとんど長さが変わっていなかった。
見目麗しいテオフィルに、この場に集まった令嬢たちはみな頬を紅潮させため息をもらす。
そんな中、テオフィルはすっと一歩会場に足を踏み入れて言った。
「今日はお集まりいただきありがとうございます。短い時間ではありますが、よろしくお願いします」
声まで別人だ。耳に心地よく響く声は、昔聞いていたころよりだいぶ低い。
ルイーズは、テオフィルのあまりの変わりようになんだかくらくらした。
(もしかしたらもう、私のことは忘れてしまっているかもしれない)
胸にそんな思いが去来する。
しかしルイーズはぐっと一度拳を握った後、勇気を出し、けん制し合って動かない令嬢たちの中から一歩踏み出した。
進み出てきたルイーズを見て、テオフィルはあからさまにたじろぎ、穴が開くほどルイーズを見つめる。
周りの令嬢たちもまた、二人の様子を固唾をのんで見守っていた。
「ルル……」
おびえているかのようなテオフィルの様子にルイーズは気持ちが折れかけたが、テオフィルが自分を覚えていてくれたことにひとまず安堵してテオフィルの前に立つ。
そして一度大きく息を吸い込み、目を瞑って勢いで言った。
「テオ、私と……私と、結婚してください!」
静まり返る会場に、ルイーズの言葉は存外大きく響く。
テオフィルの反応がないので、閉じた目を開けてテオフィルの様子をうかがうと、彼は真っ赤になってルイーズを見つめていた。
思っていた反応と違うことに首をかしげるルイーズに対し、テオフィルはおそるおそる尋ねる。
「ルルは……俺に恋愛感情があったのか?」
「ううん、ない」
ないけど、テオのことは好きだから私たちきっといい関係が築けるはず――
そんなことをのんきに語ろうとしたルイーズ。
しかしさっきと打って変わって目が据わったテオフィルは、口の端をぴくぴくさせながらルイーズにかぶせるように言った。
「お前とは、絶対に、結婚しない」
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