自覚する
母の様子を見るに、ちょうど視察から帰って来たところに鉢合わせてしまったようだ。
自分のタイミングの悪さを心の中で呪うルイーズのもとに、早足で母が近づいてくる。
ルイーズの母パトリシアは、決して頭が固いわけではないのだが、何事にもおおらかな父と違って何より礼節を重んじており、それは家族間であっても変わらなかった。
外見はルイーズがひっつめ髪にして歳をとったらそのままパトリシアの見た目になる。
目の前で仁王立ちするパトリシアに、ルイーズは縮こまったまま答えた。
「お母様、こんな姿で申し訳ありません。道が土砂崩れで塞がれて馬車が通れなかったため、歩いて参りました。馬車はそのまま待たせてあります。……お父様に会わせていただけないでしょうか?」
「王都につながるあの道ね。朝見てきました。たしかにあそこは今通れないわね。でもそれとお父様とお会いすることは別です。きちんとアポイントを取ったの?」
「いえ、取っておりません……」
ルイーズの返事に母は目を吊り上げる。
「なんですって?お父様もお忙しいのよ。そもそもあなたは――」
(大変だ。このままではいつものお説教が始まってしまう)
焦ったルイーズは母の言葉を遮るように少し大きな声を出した。
「お母様、それでもどうしてもお父様に聞かなくてはならないことがあるのです。お願いです」
「あなたね、母の言葉を遮るなんて何を考えているの?お父様には会わせません」
一度こうと決めた母は頑なだ。
ルイーズが絶望しかけたそのとき、天の助けが現れる。
「……マクシム」
パトリシアが屋敷の方を見て小さく呟いた。
屋敷の中からルイーズが話したかった相手である、父マクシムが現れたのだ。
どうやら気を利かせた父の執事がいつの間にかマクシムを呼びに行ってくれていたようだった。
「トリシャ、ルル。どうした。……ルル、その格好は?」
時間がないと考えたルイーズは、首を横に振りながら父に言う。
「私のことはどうでも良いのです。お父様、最終選考の案内について何かご存じではありませんか?」
パトリシアは父に不遜な態度を取るルイーズに眉をひそめかけたが、ルイーズの言葉を聞いていぶかしげに自身の夫を見遣った。
嘘が下手なマクシムは、明らかに動揺した様子で答える。
「い、いや、なんのことだか……」
「お父様、お願いです。何かご存じでしたら教えてください」
「…………」
パトリシアはつかつかとマクシムのもとに近づくと、腰に手を当てて下からマクシムを覗き込む。
「マクシム、何かしたの?」
「その、だな……」
「マクシム」
咎めるようなパトリシアの声を聞いて、マクシムは観念したように口を開いた。
「――すまない。私が勝手に選考を辞退する旨、手紙を送った」
マクシムの言葉に、ルイーズは口に手を当てて息をのみ、パトリシアは眉を吊り上げる。
「……なぜですか?」
震える声で尋ねたルイーズを見て、マクシムはなぜか自身も悲痛な顔をした。
「それが……お前のためだと思ったからだ」
「私のため、ですか?」
「ああ」
ルイーズにはマクシムの言葉の意味が全くわからなかった。
マクシムはしばらく口を開け閉めしていたが、やがて決心したように話し始める。
「……少し前に、お前の恋人だという男が私を訪ねてきたんだ。『ルイーズが義務感から妃選考に参加している、自分たちは愛し合っていたのに一方的に別れを告げられた。なんとかルイーズを止めてくれないか』と」
(私に恋人、ですって……!?)
思わぬ父の言葉に、ルイーズは頭がこんがらがりそうになりながらなんとか言葉をつないだ。
「恋人だなんて、そんな人、いません」
「ルル、隠さなくていいんだ。その恋人にもらったという栞を大事そうにしていただろう」
ルイーズは混乱しながらも、先日わざわざ父が部屋を訪ねてきた理由はこれだったか、とやっと合点がいった。
(やはり、父は、そして私は罠に嵌められたんだわ。とりあえず今はなんとか父の誤解を解かなければならない)
ルイーズはそう考えると、一字一句はっきりマクシムに聞こえるように言った。
「お父様、あの栞は、テオフィル殿下がくださったものです。私には恋人はいませんし、義務感から選考に参加しているわけではありません」
ルイーズのぶれない姿勢に、やっとマクシムも眉を寄せ始める。
「いや……だがしかし、二回目の選考の後だったか、私が自走車のことで呼び出して話をしたときも、辛そうにしていたじゃないか。あれは本当は妃選考に参加することが嫌だったせいではないのか?」
ルイーズは最初なんのことだかよくわからなかったが、記憶を巡らせるうちに父とのやりとりを思い出す。
(たしかに、あのときは父にひどい態度を取ってしまったわ。でも、あれは――)
「あのときは……選考に通過できたのが、ココお姉様のお力添えのおかげで……。自分への無力感から、素直に喜べずにいました。すみません」
「……そうだったのか。だが、私はお前が私たち親のためにずっと努力してきたことを知っている。これ以上、無理する必要はないんだ」
父の言葉は、ルイーズの心のいろんな場所を柔らかく刺激した。
自分でも何の感情からかわからない涙を流しながら、ルイーズは振り絞るように答える。
「違うんです、お父様。たしかに、最初は自分でもできることがあると証明したくて、選考に参加しました。でも今は、今は……」
そこでいったんルイーズは詰まった。
しかし、考えるより先に言葉があふれ出てきた。
「私は、テオが好きで、大好きで、ずっと一緒にいたいから、だから最後までがんばりたいんです」
テオフィルとこれからも一緒にいたい。
もっと話がしたいし、もっと触れたいし、もっと触れてほしい。
これが恋愛感情でないなら、きっとルイーズは一生誰にも恋することはないだろうと思えるほどだった。
(私は、テオが、好き……。そう、そうだったのね。よかった)
ルイーズがやっと自分の気持ちに気付くことができてほっとする一方、マクシムはルイーズの言葉に衝撃を受けた表情になった。
傍らでずっと一連のやりとりを聞いていたパトリシアが、いたわるようにそっとマクシムの背中に手を添えて言う。
「マクシム。あなた誰かに騙されたわね」
「……ああ、どうやらそのようだ……」
茫然とするマクシムからルイーズに視線を移すと、パトリシアは尋ねた。
「ルイーズ、今回のことを企んだ人物に心当たりはあるの?」
「はい」
ルイーズの心に浮かぶのは、ライバルの辺境伯令嬢。
しかし証拠もないままそれを口に出すわけにはいかない。
パトリシアはため息をつきながら再び夫の方を向いた。
「あなた、今からでも辞退の取り消しはできないの?」
マクシムは今にも泣き出しそうな表情で頭を下げながら、言葉を絞り出す。
「いや、それが……すまない。本当にすまない。
―――最終選考は今日なんだ」




