ローレン領へ
最初はいつも通りに歩いていたルイーズだったが、それがだんだん早歩きに変わり、自分でも気づかないうちに走り出していた。
普段と明らかに違うルイーズの様子にローレン家の使用人たちが驚いて振り返るが、それに構っている余裕もない。
息をきらしながら馬車までたどり着くと、ルイーズは御者に告げた。
「ごめんなさい、ジュリエットに馬車を変わってもらったの。ローレン家の領地へ向かってくれる?」
「あ、はい、かしこまりました!」
御者も使用人たちと同じように驚いた表情でルイーズを見ていたが、何やらただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、慌ててうなずくと馬車を動かし始めた。
領地までは、王都から馬車ですぐのところにあるはずなのに、なかなかたどり着かないことがもどかしい。
ルイーズは領地をこんなに遠く感じたのは初めてだった。
王都の裏側にある山沿いの道を、馬車は軽やかに進んでいく。
しかし、あと少しで領地の屋敷にたどり着く、というところで突然馬車が止まった。
(こんなところでいつも止まっていたかしら……?)
ルイーズが考えるのと同時に、御者が馬車の扉を開けて申し訳なさそうに言う。
「お嬢様、申し訳ございません。昨日の大雨でどうやら土砂崩れがおきて、これ以上進めないようです。確認致しましたら、今土砂の撤去作業が行われているので明日には通れるそうなのですが……」
御者の言葉にルイーズはほとんど跳ねるように立ち上がって、馬車の外へ走り出る。
すると、御者の言葉通り、道が崩れ落ちた土砂でふさがれていた。土砂の量はそこまで多くなさそうだが、馬車が通れるほどの道幅が確保できていない。
ルイーズは瞬時に考えを巡らせた。
(引き返して、明日まで待つ?でもそれでは間に合わない気がする。馬車では通れない、けれど、人の足なら……)
馬車は通れないが、この道路の崩れた方と反対側は歩行者用の通路が一応確保されている。
ここから領地の屋敷までは人の足で歩いて20分ほど。ヒールを履いていては少し辛い距離だが、たどり着けないことはない。
迷ったのは一瞬で、ルイーズはすぐに御者に告げた。
「ここから歩いて行きます。お父様と話をしたらすぐに戻ってくるので、申し訳ないけれどここで待っててくれる?」
ルイーズの言葉は御者をひどく驚かせた。
「お嬢様がご自身で歩いて行かれるのですか!?駄目です、危険です」
「それでもどうしても行かなくてはならないの。1時間ほどで戻れるはずだから、お願い」
「そうは言いましても、賛成できかねます」
「お願い。何かあったら全て私の責任にしていいから」
「しかし……」
はじめは頑なに反対していた御者だったが、次第にいつになく引き下がらないルイーズに押され、最後には折れた。
「……わかりました。それでは、1時間経ちましたら馬車はこのままにわたくしめも歩いてお嬢様を追います。よろしいですか?」
「ありがとう!お父様には私があなたを無理やり脅したことにしておくわ」
ルイーズは苦笑する御者にお礼を言い、歩き出す。
土砂の撤去作業を行なっていた作業員たちは、明らかに貴族のお嬢様ないでたちのルイーズが一人歩くさまに好奇の目でルイーズを見てきたが、わざわざ話しかけてくることもなかった。
昨夜の雨で道路はぬかるんでおり、すぐに足元が泥にまみれる。
何度も泥にヒールをとられながらも、ルイーズは進むことをやめなかった。
それから歩き続けること20分、ルイーズはやっと領地の屋敷にたどり着いた。
ぬかるむ道のせいでいつもと違う歩き方をしたからか、かかとには靴擦れができ、つま先もじくじくと痛む。
ルイーズは何も考えずに部屋にいたときのまま高いヒールを履いてきてしまったことを後悔していた。
門をくぐると、たまたま外にいた父の執事が泥まみれの足をしたルイーズを見つけて驚いてかけつけてくる。
「どうされました、お嬢様!」
「突然ごめんなさい。お父様とお母様はどうしていらっしゃる?」
唐突なルイーズの質問に、執事はまごつきながらも答えた。
「マクシム様は自室でお仕事を、パトリシア様は領地の視察に出かけていらっしゃいます」
ルイーズはそれを聞き、ちょうどよかったと胸をなでおろした。
少しお堅いところがある母は、自分のこんな姿を見たら小言を言わずにいられないだろう。
それに捕まっていたら、きっと御者との約束の1時間を過ぎてしまうと思ったからだ。
「こんな格好で本当に申し訳ないのだけれど、父のところに行ってもいいかしら」
「ええ、それはもちろん―――。しかし、先に足を綺麗にされた方が」
「お願い、時間がないの」
しかし、土砂崩れに引き続き、ルイーズはとことんついていなかった。
突如後ろから鋭い声がルイーズにかけられる。
「ルイーズ。その格好はなんなの。それに、今日来る予定がありましたか」
ルイーズが首をすくめながらおそるおそる振り向くと、そこには今まさに会いたくないと考えていた母、パトリシアが立っていた。




