苛立ちと葛藤
テオフィルと二人で会った日以来、ブリジットはずっと不機嫌でイライラしていた。
今日も、クラルティ辺境伯家の王都の別邸にティーカップの割れる音が鳴り響く。
「さっさと片付けなさいよ、グズ!」
「申し訳ございません……!」
カップを割ったのは間違いなくブリジットなのだが、あたかも自分では割っていないかのような言い草でブリジットは怒鳴り散らす。
ここのところずっと不機嫌だったブリジットが今日は輪をかけていらだっていることに、彼女の世話をする者たちは戦々恐々としていた。
彼女が怒り出したのは、最近よくブリジットのもとに届く差出人からの手紙を彼女が読んでのことだった。
(この間の殿下との面会、私は変わり映えのしない場所で話をしただけだったのに、あの女…あの地味な思い上がり女は、一日外に出かけていたですって……!?)
手紙に書かれていた内容を思い返したブリジットは、衝動的にそのとき目の前にあった机から花瓶を叩き落した。
花瓶の割れる音に身をすくめる使用人たちを後目に、彼女は鬼気迫る表情で優雅さの欠片もなく歩いていく。
(絶対に許さない。あれも手に入れたことだし、私の勝ちは決まったようなものだから、手加減してやろうかとも思ったけれど。
―――あの女、とことん追い詰めてやる……!)
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ブリジットが何か良からぬことを企んだ数日後。
ルイーズは自分の部屋でひとり、ぼんやりとテオフィルに貰った栞を見つめていた。
本当は勉強するために机に向かったのだが、本が全く頭に入ってこないのだ。
ルイーズは今まで、自分の恋愛感情について考えたことがなかった。
というより、恋愛する必要性を感じていなかった、とも言える。
それなりの歳になって親が決めた相手と結婚するのでもいいし、結婚せずに一生一人で暮らしていってもいいと思っていた。
しかし、どんなに鈍い自分でも、テオフィルと再会してからの自身の心の動きが今まで経験したことのないものであることはわかる。
テオフィルと一緒にいると楽しいのはもちろんのこと、笑ってくれると嬉しいし、見つめられるとどきどきする。自分自身がテオフィルに励まされたように、テオフィルに何か辛いことがあったときには傍にいて支えてあげたいとも思う。
でも、今まで人を好きになったことがないせいで、これが恋愛感情なのかいまいち確信が持てずにいた。
栞を見つめながら、ルイーズは思う。
(私がテオのこと好きじゃないならもう会わないなんて言っておいて、こんな形に残るものを渡していくなんてひどいわ……)
これでは、テオフィルはルイーズを忘れることができても、ルイーズはこの栞を見るたびにテオフィルを思い出してしまうではないか。
だからといって、栞を捨てようという気は全く沸いてこなかった。
ルイーズが何をするでもなく栞を手のひらの上で弄んでいたところで、ふいに部屋のドアがノックされる。
「はい」
ルイーズが返事をすると、ルイーズの父、マクシムが顔をのぞかせた。
基本的に何か用事があるときは自分の書斎に呼ぶマクシムが、わざわざルイーズの部屋を訪ねてきたことにルイーズは驚いて目を丸くする。
マクシムは固まってしまった娘と、その手にある栞を気まずそうに見比べながらためらいがちに口を開いた。
「あー……突然すまない。また明日から私は領地の方の屋敷へ行くことになったから、伝えておこうと思ってな」
正直、そんなことで?とルイーズは心の中で首を傾げた。
領地は王都のすぐ近くだし、今までは何も言わずに行き来することも多かったからだ。
しかしせっかく顔を見せてくれた父に、ルイーズは慌てて笑顔を作り返事をする。
「そうなのですか。次はいつこちらへ?」
「……まだわからないが、ひと月は向こうにいると思う」
「わかりました。気を付けていってらっしゃいませ」
ルイーズが立ち上がって見送ろうとすると、マクシムはやんわりそれを止めた。
「ああ、いい、いい。突然訪ねて悪かったな。少し顔が見たかっただけだ。ルル、勉強もほどほどにな」
「お気遣いいただきありがとうございます」
マクシムはなぜか少し悲しそうに笑うと、ルイーズの部屋から出て行った。
その表情にルイーズは何か引っかかりを覚えたが、そのことを尋ねようと思ったときにはマクシムはすでにいなくなっていた。
毎度のお礼となりますが、いつも見に来てくださってありがとうございます。
ブクマや評価、いいね等すべて泣く勢いで喜んでおります……。
ここから最終話まですべて書き上げてしまいたいので、少し投稿をお休みさせていただきます。
早ければ週末、遅くとも来週中にはまた更新できるかと思います。
結末まであと少し、よろしければ最後までお付き合いいただけると嬉しいです!
(話の持っていきかたによっては、もしかしたらこのページもまた少し編集するかもしれません。そのときは編集した旨お知らせいたします。)




