二人きりの面会(5)
日もすっかり暮れたころ、二人は再び王城へと帰って来た。
馬車は城門の前で止まり、まずテオフィルが、続いてテオフィルにエスコートされながらルイーズが馬車から降りる。
二人の姿を確認した門番が笑顔で話しかけた。
「殿下、ルイーズ殿、お帰りなさいませ」
「ああ、今帰った。悪いが、俺の執務官に公開庭園に向かうと伝えてくれ」
「かしこまりました」
テオフィルは門番の返事を聞いてから、ルイーズの手を引いたまま歩き出した。
公開庭園とは、お茶会で使用した庭園とは違い、一般庶民にも開放している庭園だ。
ルイーズはまだ逢瀬が続くことに内心驚きつつ、なんだかテオフィルにいつもと違う雰囲気を感じたため、黙ってテオフィルの後に付いて行った。
もう日暮れともあって、庭園には誰の姿もなかった。
クチナシやアザレア、バラなどの優美な花がそこかしこに植えられ、色彩にあふれたこの庭園は、今夕日に照らされてすべてがオレンジに染まっている。
黙ってその光景を眺めるルイーズに対し、テオフィルが口を開いた。
「ルルに話しておくことがある。最終選考だが、これまでのような試験のようなものは行わない。俺が、三人の中から誰と結婚するかを選ぶことになった」
思いがけない言葉にルイーズは動揺を隠せない。
てっきり最後の選考も、二回目や三回目と同じように何かを試されると思っていたからだ。
「テオが……選ぶの?」
「ああ」
答えたテオフィルの表情からは、ルイーズは何も読み取れなかった。
それがなんだか恐ろしくて、ルイーズはためらいがちにもうひとつ質問をする。
「もう、決めてるの?」
「…………」
このまま何も言わないかと思われたテオフィルだったが、やがて静かに口を開く。
「ルルは……今でも、自分がローレン家の出来損ないだって思ってる?」
テオフィルの言葉にルイーズは目を伏せ、しばらく黙ってから答えた。
「……わからないわ。ずっと私は役立たずだと思っていたのはたしかなの。だけど……今日、テオが私でも人々の役に立てるって教えてくれたから」
言いながらゆっくりと視線を上げてテオフィルの顔を見る。
テオフィルは夜空色の瞳を細め、優しい顔で微笑んでいた。
夕日に照らされまつ毛が長い影を落とすその顔は、非常に美しかった。
「これはルルが自分で気づくべきだと思ってずっと教えずにいたけれど……。ルルには、生まれたときからちゃんと才能があるよ。俺はそれを知っている」
「え……?」
思いもよらないテオフィルの言葉に、ルイーズは首をかしげる。
テオフィルは甘さを含んだ低く響く声で続けた。
「ルルが持っているのは、努力できる才能だ。ルルは努力を当たり前だと思っているけれど、それをずっと続けられる人は本当に少ない。たいていの人は、ある程度のところで諦めてしまうから。だからルルの努力は、誰でも持てるわけじゃない立派な才能なんだよ」
テオフィルの言葉が、コーヒーに垂らしたミルクのようにルイーズの中に広がってじんわりと溶けていく。
ルイーズは、工場を出たときに堪えた涙が今度こそ頬を滑り落ちるのを感じていた。
(お茶会のときと同じね。どうしてテオの言葉はこんなに私を安心させるんだろう……)
お茶会のときはその手でルイーズの涙をぬぐったテオフィルだったが、今度は何を思ったか、ルイーズの肩に手を置くとやおらルイーズの涙の跡に自身の唇を寄せた。
頬に口づけられる感触に、涙も瞬時にとまり、ルイーズは驚きで顔を真っ赤にする。
テオフィルはそんなルイーズの反応をみて、いたずらが成功したかのような少し意地の悪い笑顔を見せたあと、ルイーズの目を覗き込んで言った。
「ルル、好きだよ」
「…………!」
この言葉もお茶会のときと一緒だ。
だが、ルイーズは、今度こそ気づいてしまった。
むしろ、なぜ前回気付けなかったのか。
テオフィルの目に、言葉に、温度に、ルイーズへの恋情があふれていた。
真っ赤な顔のまま口をぱくぱくさせるルイーズに、テオフィルは嬉しそうに笑って見せた。
「今度こそちゃんと伝わったな。……ルル、好きだ。愛してる。俺は、ルルを選びたい。だけど、俺は欲張りだから、俺のことを好きじゃないルルとは結婚したくないんだ。ルルが、もし俺と同じように俺のことを好きだと思ってくれるなら、最後の選考に来てほしい。……逆に言えば、どうしても友達だとしか思えないなら、来ないでほしい」
テオフィルの言葉は最後まで甘やかだったけれど、もしルイーズが彼に応えられないならもう二度と会わない、という強い決意も十分伝わってきた。
切ない気持ちで何も言えないでいるルイーズに、テオフィルは泣き出しそうな顔で微笑みかける。
それから静かにルイーズの肩から手を離した。
「今日はありがとう、気を付けて帰ってくれ。……好きだよ、ルル。待ってる」
そうして黙ったままのルイーズを残し、テオフィルは王城の中へと入って行く。
気付けば空は藍色に染まり、一番星が静かに瞬いていた。




