二人きりの面会(2)
ルイーズはテオフィルに手を引かれ、工場の裏口からこっそり中に入る。
工場内は、少し埃っぽいものの、人々の活気であふれていた。
「おい、あの部品どこだ?」
「こっちは終わったぞ」
「これそっちと交換してもらえる?」
「おーい、燃料よこせー!」
汗だくになりながら作業をすすめる人々を、ルイーズはせわしなくきょろきょろと見回した。
自走車自体は、まだ試作工場が稼働しはじめたばかりということで設計図の最初の工程が終わろうか、という部分までしか制作は進んでいなかった。
それでもここで働く全員がやる気に満ちた表情をしていることに少なからずルイーズは驚く。
みんな忙しそうだけれど、やりがいがあるのか表情は活き活きとしていた。
この工場で働く人々は自分の作業に夢中でテオフィルとルイーズが中に入ってきたことに全く気付いていなかったが、遠くで指揮をとっていたひときわ強面の男性がふと顔を上げて二人を目にとめた。
他の人々より一回り大きな体つきで、ロマンスグレーの髪を後ろになでつけたその中年の男性は、目を細めて二人をじろじろ見た後、突然はっとした顔をして二人に近寄ってきた。
そしてテオフィルの前に跪く。
「ようこそいらっしゃいました、テオフィル殿下。ご挨拶が遅れ申し訳ございません」
体も大きいが声も大きいその男性の言葉に、周りで作業をしていた人たちも驚いた様子で手を止め、慌ててその場で膝を折る。
テオフィルはそんな人々を見回し、苦笑しながら声をかけた。
「そんなにかしこまらなくていい、顔をあげてくれ。むしろ突然やってきてすまなかった。今日は皆に紹介したい人がいるんだ」
テオフィルの言葉に、人々はそろそろとテオフィルとルイーズの周りに集まってくる。
テオフィルはルイーズの背中に手を当てて言った。
「こちら、ローレン侯爵家のルイーズ嬢だ。自走車の設計図を手に入れてくれた人物、と言えばわかるな」
テオフィルの紹介を受けてルイーズは急いでカーテシーをとる。
ルイーズの赤茶色の髪がばさりと彼女の顔を覆った。
「ご紹介にあずかりました、ルイーズと申します。あの……自走車を作ってくださってありがとうございます」
皆の反応が怖くてなかなか顔があげられないルイーズだったが、やがてざわざわと人々が騒ぎ出したのを感じてゆっくり顔を上げる。
すると、みな一様に目を輝かせてルイーズを見ていた。
「ルイーズ様だって!?」
「まさか来て下さるとは!」
最初こそ皆思いがけない人物の突然の来訪に面食らっていたが、事態が飲み込めると興奮が全員を包んだようだ。
ルイーズが皆の反応に目を白黒させているうちに、最初に話しかけてきた大柄な男性がルイーズの前に進み出て最敬礼を行なった。
「この工場の責任者を任されました、ジェイドと申します。お会いできて大変光栄です!間違いなく自走車はこの国に多大な利益をもたらしてくれることでしょう。ここにいる皆、あなたとお会いできる日を楽しみにしておりました」
興奮からか、知らない人が聞けば怒鳴りつけているようにも聞こえるくらいジェイドの声は大きく威圧的だったが、ルイーズはその声に隠しきれない嬉しさがにじみ出ていることに気が付き、顔を赤くさせる。
周りを見回せば、皆ジェイドの言葉にうんうんと強くうなずいていた。
「俺、ほんとにこの仕事に携われて光栄です」
「作り甲斐のある設計図で腕がなります!」
「はやく実用化させたいですわ。きっと皆の生活が変わります」
「ルイーズ様、ありがとうございます」
皆が口々に言い終わったあと、ジェイドが再び口を開く。
「自走車は、私が責任をもって必ず完成させてみせます。いつでも見に来てください」
(私が考えたことが……こんなに喜ばれている。今まで私が勉強してきた意味は、ちゃんとあったんだわ……)
ルイーズはなんだか胸がいっぱいになって、必死で涙をこらえた。
テオフィルはそんなルイーズの様子を見て口の端で小さく笑い、支えたままだった彼女の背をそっとなでる。
ルイーズはテオフィルに飛びつきたい気持ちをぐっとこらえて、潤む瞳で皆に向かって笑顔を見せた。
******
ルイーズはしばらく工場で働く人々と話をし、自走車が作られる様子を眺めたあと、テオフィルと連れ立って工場を後にした。
思うことがたくさんあって何も話すことができないルイーズに、テオフィルは明るい声で話しかける。
「どうだった?ルル」
「……とても、嬉しかったわ」
「それはよかった」
そう、“嬉しかった”。ルイーズは、さっき工場内で見た光景を嬉しいと感じていた。
ルイーズの返事に、テオフィルは満足そうな笑顔を浮かべる。
ルイーズは自分のことのように喜ぶテオフィルを見て思わず微笑んだ。
「テオ、連れてきてくれてありがとう」
それを聞いてテオフィルは少し顔を赤らめたあと、流れるこそばゆい空気を切り替えるように提案した。
「ところで、今日は一日休みをもらったんだが……ルルがよければ、街を少し歩かないか?」
「えっ?いいの?」
テオフィルは王太子として多忙の身だ。
自走車の試作工場への訪問で今回テオフィルに会えるのは終わりだと思っていたルイーズは、思わず声に喜色がにじむ。
ルイーズの反応を見て、テオフィルは目を細めて笑った。
「もちろん。じゃあ行こう」
二人は御者に街へ向かうように伝えると、再び馬車に乗り込んだ。




