ジュリエットの告白
建物内に入ると、ジュリエットがテラスのすぐ近くで両手を握りしめながら待っていた。
不安そうな顔をしていたジュリエットだったが、二人の姿が見えたことで笑顔を見せる。
「ルルお姉様、テオお兄様。ご無事でよかったです」
「ジュジュ、ありがとう。俺は向こうに戻る。ルルをよろしく」
「ええ、わかりましたわ」
ルイーズをジュリエットに預け、テオフィルは会場の中心へと戻って行った。
二人の姉妹はそんな彼を見送ってからお互いに向き直る。
ジュリエットはルイーズと目が合うと、微笑んだ。
「わたくしがルルお姉様を助けに行ってもよかったのですが、わたくしが行くよりテオお兄様が行く方が効果的かな、と思いまして。少し遅くなってしまってすみません」
ところどころジュリエットの言葉に意味がわからない部分があるものの、確実にあの場を救ってくれたのはジュリエットだ。
ルイーズも微笑み返し、答えた。
「ううん、本当に助かったわ。ありがとう」
それから静かに目を伏せ、続ける。
「あの、ジュジュ……そろそろあなたが何を考えているか、教えてくれない?」
言い終わってからルイーズがゆっくり目線を上げてジュリエットをうかがうと、ジュリエットは驚くほど優しい表情でにっこり笑っていた。
「ルルお姉様、わたくしは、お姉様に幸せになってもらいたいのです」
******
ジュリエットは、幼い頃からお姉ちゃん子だった。
表情に乏しく、口数の少ないジュリエットを気味悪がる人間も多くいるなか、三人の姉たちはいつもジュリエットのことを理解していてくれた。
奔放な一番上の姉、勇ましい二番目の姉、そして勤勉な三番目の姉。
皆大切な存在だったが、なかでも一番ジュリエットがなついていたのは三番目の姉だった。
歳が一番近かったのもその理由のひとつではある。上二人は少し歳が離れているため、幼い頃のジュリエットの遊び相手はたいがい三番目の姉であった。
でも何より、ジュリエットは三番目の姉の努力家なところが大好きだった。
なりたい自分になるために妥協せず努力を続け、だけど周りにそれを押し付けたりはしない。
自分が頑張りたいから、という理由で頑張っている姉は、何より輝いてみえた。
そんな姉の輝きが陰ったのは、いつごろからだっただろうか。
ちょうど、テオフィルが忙しくなったことを理由に王城に通うことをやめた時期からだったと思う。
それまではただ楽しそうに勉強をしていた姉が、何かに追い立てられるような切羽詰まった表情をすることが多くなった。おそらく姉自身もそれに気づいていて、それでも抜け出せない、そんな状況。
ジュリエットはもどかしかった。姉が自分だけの何かを求めていることはわかっていたけれど、それを見つけるためにジュリエットにできることは何もない。
ジュリエットも自身の研究が忙しくなって、姉と会わない日も多くなっていた。
テオフィルと一緒に勉強していた頃の姉は、本当に楽しそうだった。
あんまり楽しそうに行くものだから、ある時ジュリエットはやきもちを焼き、無理を言って王城へついて行った。
そして初めてテオフィルと会った瞬間すぐに気付いた。テオフィルが姉に恋していることに。
……というより、あんなに態度に出ているのに気付かないのは鈍感な姉くらいのものだ。
テオフィルが姉を大切にしているから、二人が一緒に勉強する時間が、とても楽しくて優しくて穏やかで幸せなものになっている。
そして姉も、そんな時間をとても大事にしていた。
だから、妃選考が行われると聞いたとき、耳を疑った。
てっきりテオフィルは姉に求婚するものと思っていたからだ。
姉の様子を見る限り、テオフィルから告白された様子もない。でも、あんなに姉を好きなテオフィルが、何もせず姉を諦めるとも思えない。
きっと何か些細な事で二人はすれ違ってしまったんだろう。それに気付けなかった自分がふがいなかった。
しかし、姉は言った。
「ぜひ、選考に参加させてください」と。
鈍感な姉は、おそらく恋愛感情から参加を決めたわけではない。
でも絶対にどこかで、テオフィルに会いたい気持ちがあって参加を決めたことはジュリエットにもわかっていた。
二人が一緒にいる時間がジュリエットも大好きだった。
二人には、幸せになってもらいたい。
だからジュリエットは、姉のその気持ちにかけることにしたのだ。
ジュリエットができたことと言えば、テオフィルと仲良さげにして姉を焦らせること、自分が悪目立ちすることで姉からブリジットの目線をそらさせること、そしてテオフィルに姉を助けに行かせたことくらいだった、が。
(お茶会の席で、ルルお姉様がしていた表情。あれを見たら、もうわたくしがお節介をやかなくても大丈夫だと思えた)
――ええと、暇だったからずっと一人でバラを見てたわ。
頬を赤らめて、目を泳がせながら言う姉の表情は、確実にやきもちをやいている顔だったから。
******
「ルルお姉様、わたくしは、お姉様に幸せになってもらいたいのです」
「え?」
予想外のジュリエットの言葉に、思わずルイーズは聞き返す。
ジュリエットは笑みを崩さず続けた。
「お姉様……たぶんお姉様は勘違いしていらっしゃいますけれど、わたくしテオお兄様のことは別に好きではありませんよ」
「そうなの!?」
珍しく声を荒げるルイーズを見て、ジュリエットはふふ、と声に出して笑う。
「わたくしは、お姉様のお手伝いがしたかった、ただそれだけです。ただ、もうそろそろ研究を休んで選考に参加するのも限界で……。辞退しなくちゃと思っていたところに、ブリジットさんのわたくしたちへの嫌がらせがあったからちょうど良かったんです」
思わぬジュリエットの告白に、ルイーズは天井を仰いだ。
お手伝いしなきゃいけないと思われるほど心配されていたとは思わなかった。姉として少し情けない。
ただ、ブリジットの嫌がらせにまんまとはまる形になったと悔しく思っていたけれど、そうではなかったことには少し安心した。
いろんな想いが去来して言葉が出てこないルイーズの手を、ジュリエットはそっと取って言う。
「だからお姉様、ここでわたくしは戦線離脱いたしますけれど、ルルお姉様は引き続きがんばってください」
「ええ……ありがとう」
ジュリエットの激励を受けて、ルイーズにもやっと笑顔が戻ってきた。
ふと、ルイーズは自身の胸に渦巻く様々な感情の中でも、ほっとする気持ちが一番強いことに気が付く。
(ジュジュがテオのこと好きじゃなくてよかった……)
―――そう思ってしまうのは、どうしてなのだろうか。




